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モノづくりとAIの知見が促す、私たちの健康な生活 (後編)


モノづくりとAIの知見が促す、私たちの健康な生活 (後編)

この記事の要点は…

生活習慣病になるリスクを可視化するAIを生んだ、東芝のノウハウ

半導体の欠陥品を検出するAI技術による、リスク予測の精度向上

医師と「疾患リスク予測AI」がもたらす、医療や社会へのインパクト

「この生活習慣を続けると、あとどれくらいでどんな病気になるのか?」

「病気にならないためには、今なにをすればいいのか…」

誰しもがもつ健康の悩みに対して東芝は、50年以上の研究で育てた人工知能(Artificial Intelligence: AI)の技術と、140年以上のモノづくりで培った大規模なデータ分析から価値を見いだす経験、そして機動的なソフトウェア開発力を活かそうとしている。生活習慣病になる時期を見える化する「疾患リスク予測AI」を中心に、近未来の医療のあり方を綴った前編に続き、後編では、AI開発の技術的な経緯や、このAIに込められた意味合いを紹介する。

研究所とモノづくりの現場が磨いた、東芝のAI技術

「モノづくりとAIの知見が促す、私たちの健康な生活 (前編)」では、「疾患リスク予測AI」を活用した、個別の健康診断(健診)データに基づく患者さんそれぞれに合わせた医療を、日本橋室町三井タワー ミッドタウンクリニック 総院長の田口淳一医師に説明していただいた。また、株式会社東芝 技術企画部の山口泰平氏は、「疾患リスク予測AI」について、今の健診結果から、どのように要注意段階を経て、異常段階(生活習慣病)に至るかを可視化することを語った。

田口医師、山口氏の構想を受けて、それを実現するAIの研究開発を進めているのが株式会社東芝 研究開発センターの春木耕祐氏だ。春木氏は大学院で数学を研究し、東芝に入社後はソフトウェアの研究者となった。そして、製造現場に対してAI技術を活用してきた経験を経て、「疾患リスク予測AI」と「目標値算出AI」の研究開発を進めている。春木氏によると、東芝のサイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical Systems: CPS)が、AIを研究開発する土台にあるという。CPSとは、現実世界に存在しているデータをサイバー空間で分析し、新たな情報や知識として現実世界にフィードバックし、価値創造する仕組みだ。春木氏は言う。

「東芝には、140年以上にわたるモノづくりの経験と、50年以上のAI研究開発の知見があります。そこでは、製造現場で発生する大量のデータを使ってAIを開発することが、当たり前に行われています。このソリューションでも、数十万人かつ数年間の健診結果という膨大なデータに対し、どういったAI技術を、どのように当てはめるかが焦点でしたが、ここでもこれまでの経験と東芝の知見が活かされました。東芝には研究者と現場の双方に、AI開発のリテラシーがあるのです」

たとえば、春木氏たち研究者が、研究成果を東芝グループ内に向けて発表する「研究開発センター展」では、春木氏が「疾患リスク予測AI」を発表した際、様々な事業の従業員がその有用性と仕組みを理解し、どのように活用していくかを活発に議論できたという。また、同じ発表の場で、東芝の産業医からは、「このソリューションがあれば、患者さん個々に合わせた指導ができる。これまで患者さんの生活習慣・行動を変えるのに苦労していたので、早く実現して欲しい」という言葉を受け取った。こういったAIの本質を捉えた議論、言葉が、春木氏が抱く研究の社会実装へ向けた情熱を強くし、開発を加速させた。

株式会社東芝 研究開発センター アナリティクスAIラボラトリー エキスパート 春木耕祐氏

株式会社東芝 研究開発センター アナリティクスAIラボラトリー エキスパート 春木耕祐氏

「疾患リスク予測AI」について、春木氏の研究を見てみよう。まず、東芝健康保険組合のレセプト*のデータから治療薬を服用していなかった従業員、つまり病気でなかった人を抽出し、その人たちの健診時の飲酒頻度や体重、検査値(血圧など)といったデータを集約した。そして、同じ人たちの検査値が正常から異常へと変化し、生活習慣病と判定された際のデータと組み合わせて、健康なときから病気になる可能性の予測精度を上げていった。つまり、入り口として健診時の各種データを、出口として健診データの中の検査値異常を使っている。予測精度を上げる際には、半導体の製造工程で欠陥品を検出する際に活用されているAI技術を用い、膨大なデータの分布に応じて最適な予測モデルを当てはめていった。その結果、「飲酒の頻度」や、「最近1年間の体重変化」といった生活習慣に関わる各要因に予測力が割り当てられ、1~6年後に生活習慣病を発症するリスク(%)が算出される。この最適な予測モデルの特定には膨大な計算が必要だったが、多くのCPUを使用して大量の計算を行う並列分散処理や、それぞれの計算を効率的に行う数学アルゴリズムを適用することで対応した。

*治療薬など、医療機関が健康保険組合に提出する月ごとの診療報酬明細書

解説図

解説図

研究開発の努力は、それだけではない。AIは人間が提供するデータの通りに学習するため、入り口と出口のデータを適切な形で処理する必要があった。このとき、データの重複や誤記などを探し出し、削除や修正を行う東芝グループのノウハウが活き、円滑にデータセットを準備できた。また、どれを「病気の状態」と見なすかなどのデータのラベル付けにも十分注意を払う必要があり、ソリューションの目的に合った形になるよう現場と何度もやり取りをした。春木氏は、ソフトウェアの研究開発時と同じように試作品をつくり、現場と共に検証し、次の試作に反映するというスピード感のある開発を心掛け、最終的にAUC0.96*という結果を出した。そして、完成した東芝のソリューションをミッドタウンクリニックのデータに当てはめて同様の高い精度を出したとき、春木氏は「正直、ホッとし、これで一般化の可能性が見えた」と肩の荷を下ろしたという。

*AUC値:1.0が完全予測を意味する

「疾患リスク予測AI」がもたらすメリットの拡がり

現在、ミッドタウンクリニックと東芝では、このソリューションが実際に患者さんの行動変容を促すのかを確認する実証研究を行っている。この研究に対する田口医師の期待は大きく、「東芝のAI技術を活用することで、医師と患者さんのコミュニケーションが次の段階に発展できます。抜けのないデータ分析など、AIが標準的に対応できるところを土台にして、医師は患者さん個々に合わせた診療に集中することで、これまで以上に効率的かつ効果的な治療が実現できるでしょう。これは、デジタル技術と医師の専門性が融合した新しい医療のあり方であり、今回の実証研究を起点にこのソリューションが広まることで、日本の診療レベルは底上げされると考えています」と思いを強くしている。

さらに、田口医師によると、「疾患リスク予測AI」に患者さんの遺伝情報や家族歴といったデータを追加で解析させることで、さらなる精度向上が期待できるという。遺伝情報の活用による日本人に合わせた治療、家族歴までも考慮した多角的なアプローチは、まさにテーラーメイドの医療といえるかもしれない。加えて、田口医師は次のことを強調した。

生活習慣を変えるためには、診察室を出たあとの患者さんの行動も大事です。今回のソリューションに加えて、普段の生活の中で、食事や運動に助言するようなソリューションがあれば、病気になるリスクをさらに下げることが期待できます。今後は、この点も考える必要があるでしょう」

そして、こういったソリューションの意味合いは、その人の診療に留まらないと田口医師は付け加える。

「患者さんが生活の質を改善し、病気にならないことは、もちろん重要です。そういった患者さんが一人、二人と着実に増えていけば、日本全体でみれば医療費を節減することにつながります。さらに企業では、健康問題の回避が、一人ひとりの従業員の生産性の向上につながることが注目されており、組織全体の活性化の観点からも重要視されています。医療費の節減に加えて、企業が社会的価値を生み続けるためにも、東芝のAI技術は有用だと思います」

田口医師が指摘したように、東芝は、この疾患リスク予測AIに対して、遺伝情報も加えることで、より精度が高く、より個人に合わせた行動変容につながるソリューションを研究開発中だ。さらに、「リスクの可視化」という共通点を基軸に、糖尿病性腎症から透析に至るリスクを可視化する研究を金沢大学と行っており、米国のジョンズ・ホプキンス大学とは、心臓病発症リスクを予測するAIの開発と実用化を目指している。

山口氏は、「AI技術の提供に留まらず、インフラサービスを担う東芝として、きちんと社会システムに組み込まれるような価値を構想していきたいと思っています」と語り、その目線はずっと遠くを見通している。また春木氏も、「研究開発では常に社会実装を意識していますし、同時に社会に新たな価値をもたらす技術革新も目指したいと考えています」と語り、目に力を込める。二人のそれぞれの思いは、東芝の経営理念「人と、地球の、明日のために。」そのものであり、140年以上にわたって蓄積されたモノづくりの経験と知識、そして世界有数のAI技術がそれを実現していく。

■関連サイト

6年先までの生活習慣病リスクを予測するAIのサービス提供を開始
~ withコロナ時代の生活習慣改善への動機づけに ~

https://www.toshiba-sol.co.jp/news/detail/20200713.htm

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