新時代の脅威に対抗 ドローン検知システム

2020/08/21 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 不正飛行のドローンによる脅威に対抗するドローン検知システムの開発
  • ベテラン社員が抱く若手技術者育成への想い
  • 四人で始まったプロジェクトが、会社全体のチームワークに
新時代の脅威に対抗 ドローン検知システム

「ドローン」といえば、空撮用の無人航空機を思い浮かべる人が多いだろう。最近では、テレビや映画での撮影だけでなく、個人でも手軽に空撮を楽しめる機種も多く発売されている。しかし、普及にともなって警戒されるのが、誤った操作や不正な飛行による、禁止されている区域へのドローン侵入だ。
こうしたドローンの脅威に対抗する手段の一つとして、気象レーダや空港で使用する航空保安無線設備などを手掛ける東芝エレクトロニックシステムズ株式会社では、電波を発射せずにドローンを検知するシステムを開発した。このシステムの画期的な特徴と、開発の発端となった同社の若手技術者育成にかける想いをご紹介する。

 

画期的なソリューションの開発を、理想の若手技術者育成の場として

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社(以下TECS) 電波応用新規事業推進部 部長の吉田敏明氏は、若手技術者育成にある想いを持っていた。

 

若い技術者には、十年後二十年後を見据えた道筋を提供してあげたいと考えています。技術の習得だけでなく、できるだけ早くそれを実際の現場で生かすことを経験し、仕事での達成感も味わってほしいのです」(吉田氏)

 

そんな若手育成の想いから、どうやってスキルを磨かせ、どうやって達成感を味わわせるか、どうしたらそんな機会を与えられるかを常に考えていた。

 

そんなある日のこと、TECSのある経営幹部が吉田氏を呼び出してある話をもちかけてきた。それは、東芝インフラシステムズ株式会社が総務省と開発した電波発射源可視化装置の技術を応用し、TECSでドローンを検知するシステムを開発できるのではないかという内容だった。吉田氏はすぐに、これがただの業務上の話ではないことに気づく。

 

「当社で扱う航空保安・管制用システムや気象観測用レーダシステムなどは、プロジェクト規模が非常に大きく、技術者は細分化された部位の設計を行います。しかし、このシステムなら、少人数のプロジェクトですべてを開発できると考えました。また、技術要素も面白く、若い技術者に実際の現場で経験を積ませるための絶好の機会ではないかと思いました」(吉田氏)

 

吉田氏は、自分が想い描く若手技術者育成にぴったりのプロジェクトであることを知った上で、その経営幹部がプロジェクトを自分に託したことを悟った。そして、彼が当時部長を務めていた電波応用技術部での開発に手をあげた。

 

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用新規事業推進部 部長 吉田敏明氏

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用新規事業推進部 部長 吉田敏明氏

このドローン検知システムの中核技術となる電波発射源可視化装置は、受信した電波から発射源の方向などを特定し、その位置を可視化する。電波を受信するだけで、レーダのような電波の発射は行わないという。この電波の発射を必要としないシステムのメリットについて、「電波を発射しなければ、レーダで必要となる特別な免許も不要な上、周辺機器へ電波干渉を与える心配もありません」とTECS電波応用技術部 電波システム第一担当 課長の平井健一氏は語る。

 

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用技術部 電波システム第一担当 課長 平井健一氏

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用技術部 電波システム第一担当 課長 平井健一氏

ドローンは、どこから飛んでくるのか? それが誰にでもわかるシステム

飛行物体の位置を捉える方法として、発射した電波の反射を利用するレーダが一般的だ。しかし、電波を発射しないこのシステムで、どうやってドローンを検知し、どのように知らせるのだろうか。この疑問に答えたのが、開発担当のTECS 電波応用技術部 電波システム第一担当 主務の三浦由克氏だ。

 

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用技術部 電波システム第一担当 主務 三浦由克氏

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用技術部 電波システム第一担当 主務 三浦由克氏

「当社のドローン検知システムは、ドローンが発射する電波を可視化することで、ドローンの飛来方向を推定します。そしてシステムに搭載されたカメラの画像に、ドローンの飛来方向を合成し表示することで視覚的に捉えることができます。電波などの専門的な知識が無くても、直感的にドローンがどの方向に存在するのか知ることができるのです」(三浦氏)

 

ドローンが発射する電波を受信することで、飛来方向を検知する

ドローンが発射する電波を受信することで、飛来方向を検知する

実際の風景画像と地図上に、ドローンの方向が表示されるため、専門的な知識が無くても、 直感的にドローンの飛来方向を知ることができる

実際の風景画像と地図上に、ドローンの方向が表示されるため、専門的な知識が無くても、
直感的にドローンの飛来方向を知ることができる

こうした画期的特徴を持つドローン検知システムの開発は、「電波を発射せずドローンの検知を行うというソリューションの意義とともに、若い技術者にプロジェクトの最初から最後まですべて経験させられる、いいチャンスだ」(平井氏)という想いの下、若手技術者の三浦氏ともう一名を中心に、吉田氏、平井氏というベテラン技術者という四人のチームによってスタートした。

 

若手とベテランのチームワークを支えたものとは

チームに抜擢されたもう一人の若手技術者は、入社一年目のTECS 電波応用技術部 電波システム第一担当 的場伸晃氏だった。三浦氏が主にシステム全体の取り纏めとハードウェアを担当し、ソフトウェアを的場氏が担当する。それをベテランの吉田氏と平井氏がサポートしていくという形で進められた。

 

「この時点でイメージできていたのは、『ドローンを見つける製品を作る』ということだけでした。更に、我々にはまったくの新製品開発という経験があまりありませんでした。何より実際のドローンはテレビなどで見る以外、飛んでいる姿も見たことがありません」(吉田氏)

 

まず、このドローン検知システムを必要としているのは誰なのかについて四人で話し合ったという。

 

「ドローンの接近を知りたいのは誰なのか? から考えました」(平井氏)

 

こうしてチームが顧客として想定したのは、警備関係者だった。顧客の顔が見え、求められる性能が見えてきたことで、その先の戦略が決まった。チームは、ドローン検知システムを顧客に紹介し、直接意見を聞くための機会として東京ビッグサイトで開催されるSECURITY SHOWへの出展を決めた。この時点で出展する試作機の製作に残された時間は、半年足らずだった。
しかし、開発には、当然テストも必要となる。そのためにドローンを実際に飛ばす場所と、飛ばすための技能が必要となった。ドローンを飛ばすかぎりは「安全が最重要」というチームの一致した認識はあるものの、皆、操縦技能証明書の取得には、筆記試験と実技試験が必要になり二の足を踏む。結局、ドローンを飛ばすための技能の習得は、最年長の吉田氏とドローンをより深く理解するということでシステム取り纏めの三浦氏が挑んだ。

 

「平日は職場でドローン検知システムの開発を行い、休日にはドローンスクールで勉強するという、ドローン漬けの日々でした」(三浦氏)

 

実際にテストを行ってみて、初めてわかることが多いという

実際にテストを行ってみて、初めてわかることが多いという

開発と並行して数か月かけて勉強し、吉田氏と三浦氏は無事に操縦技能証明書を取得する。こうして、実際にドローンを飛ばせるようになったチームに、次の壁が立ちはだかった。

 

「ドローンを飛ばして試作機をテストする場所が見つからなかったのです」(三浦氏)

 

ドローンを飛ばす技能は習得できたものの、実際にドローンを飛ばす場所の確保が難しかったという。

 

「当時は、ドローンの不正飛行による事案がメディアに広く取り上げられていた時期でもあり、ドローンを飛ばすには許可が必要な場所が多かったのです」(三浦氏)

 

「安全にドローンを飛ばせる場所を探して、長野県のスキー場まで遠征したこともあります。でも、やっとたどり着いても、悪天候に阻まれて何もできずに帰ってきたこともありました」(平井氏)

 

様々な困難を経て、チームは初めて試作機のテストを行うことになった。だが、最初のテストの結果が、開発の難しさをチームに突きつけることとなった。

 

「予想していたよりドローンの動きが速く、動きに対して、捕捉し続けることができませんでした。」(三浦氏)

 

三浦氏と的場氏は、職場に戻って原因究明と対策を考えた。

実際の風景にドローンの位置が表示される

実際の風景にドローンの位置が表示される

「最初は、電波発射源可視化装置の技術をそのまま活用し、検知対象をドローンとすることで出来上がる、いわゆる『アイデア製品』だと思っていました。しかし、実際はそんなに甘くありませんでした」(平井氏)

 

チームは一丸となって原因究明と対策にあたった。一つのブロックとしてみていたものを、更に細分化し、処理と動作を一つずつ確認していった。

 

「言ってしまえば当たり前のことなのですが、思い込みの部分や急ぎ製作したこともあり、全体像が見えていなかったのです。また、四人で解決できないことは、社内のいろいろな方にアドバイスを頂きました。」(三浦氏)

 

「気がつけば、お目付役のつもりだった我々も、すっかり開発にのめり込んでいました」(吉田氏)

 

「少し趣味にも似た感じでした。実機を用いたテストのための遠征先宿舎でも、皆、自然と資料を囲みながらアイデアを出し合ったりして、楽しんで仕事ができました」(平井氏)

 

四人のチームワークによって計画から半年後、2016年3月のSECURITY SHOWに試作機を出展することができた。努力の甲斐もあり、展示会での顧客の反応は上々だったという。

 

展示会に出展された試作機

展示会に出展された試作機

「様々なお客様から、多くのご意見を頂きました。それは、開発の方向性を明確にする貴重な財産であるとともに、開発への力強いモチベーションとなりました」(三浦氏)

 

展示会での好評を追い風に、開発一辺倒だったプロジェクトは、販売活動にも力を入れはじめた。

 

「本来ならば、販売は営業部に任せ我々は製品化に注力すべきだったのかも知れません。しかし、営業部と電波応用技術部が一体となり、展示会で試作機をご覧頂いたお客様の所へ足を運び、説明や実演を重ねることで、お互いが『仕事の関係から人の関係』に変化していきました。これが本当の意味でチームワークと言える一歩目だったのかも知れません」(吉田氏)

 

一方、試作機に続く製品化では、顧客からの意見を基に検討を始めていたが、性能向上や品質確保などに困難を極め、何回も失敗を繰り返し思うような結果を出せずにいた。

 

「会社の上層部からは叱られても当然の状態だったはずなのですが、時にはアドバイスをくれ、時に背中を押してくれるなど、温かく見守って頂きました」(吉田氏)

 

こうして、ようやく初号機が完成する。しかし、思うように受注に繋がらなかった。技術者集団であったチームは、新製品の販売という厳しさ、難しさの現実を知ることとなる。その最中、このプロジェクトを吉田氏に打診し、開発や販売においてその進行を陰ながら見守り、背中を押し続けてくれた経営幹部たちの退任話が聞こえ始める。

 

「仕事という義務感ではなく、初号機をお客様に納入し、我々のプロジェクトを支援してくれた方々の退任の花道を飾ろうと、我々四人の開発チームと営業部の気持ちが一つになりました」(吉田氏)

 

ドローン検知システム 検知装置 下部の丸い部分にカメラが内蔵されている

ドローン検知システム 検知装置 下部の丸い部分にカメラが内蔵されている

そして、2016年の出展から二年、若手技術者とベテラン技術者という四人のチームで始まったプロジェクトは会社全体のチームワークに広がり、経営幹部たちが退任する2018年には初号機の受注を獲得することになる。

 

「若い二人には、開発に販売にたくさん悩み汗をかいてもらいました。そして、我々はそれに負けないほど考え冷や汗もかきました。でも、心底良いチームだったと思います」(平井氏)

 

入社直後にプロジェクトに参加した的場氏は、「先輩技術者である吉田さん、平井さん、三浦さんには、様々な面で助けられました。こうしたチームのサポートの下、伸び伸びと仕事をさせて頂き、もの作りの感動を味わうことができました。この経験は、私のキャリアの中でいつまでも輝く宝物です」と、プロジェクトを振り返る。

 

的場氏はプロジェクトの完了後、電波応用システムの開発での更なる成長を期待され、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通じて、ソロモン諸島に技術者として派遣された。

 

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用技術部 電波システム第一担当 的場伸晃氏

東芝エレクトロニックシステムズ株式会社 電波応用技術部 電波システム第一担当 的場伸晃氏

そして、吉田氏はプロジェクトを振り返り語った。
「納入して半年後、お客様より『導入した機材、とても重宝していますよ』という言葉を直接頂きました。この時、一番苦労した若手は何よりも達成感を得たことであろうと思います。そして、これが我々チームを癒やす何よりの薬となったことは言うまでもありません。そして、目を輝かせながら我々の仲間になり、何事にも前向きな的場さんが、グローバルな経験をして一回りも二回りもたくましくなり、元気に戻ってくることを楽しみにしています」(吉田氏)

 

最終的に経営幹部たちの退任には少し間に合わなかったが、受注することで花道を飾ることができたとチームは考えている。そして、今回このような結果が得られたのは「仕事」で人が動いたのでなく、「心」が人を動かした結果だったのだと吉田氏は確信したと語る。

 

さらに、このプロジェクトに関わった関係者の方々への感謝の念を語った。
「このプロジェクトの成功はこのチームだけで成しえたわけではありません。他部門の関係者、そして協力会社の方々の協力があってこそ、ということを忘れてはならないと思っています。この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました」(吉田氏)

 

吉田氏、平井氏、三浦氏の3人

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