ボトムアップでの変革(前編)~オフィスから広がる変化の波動~

2020/09/23 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 「変革への情熱」から始まった、ボトムアップによる事業所の改革
  • 身近なオフィスを共創が生まれる場に
  • オフィスで変えるニューノーマルな働き方
ボトムアップでの変革(前編)~オフィスから広がる変化の波動~

2020年で創業80周年を迎えた東京都府中市にある東芝府中事業所。東京ドーム14個分、65.5万㎡の敷地に、約200棟を超える建屋が立ち並ぶ民間としては都内最大級の事業所に、2020年2月、画期的なオフィスが出来上がった。単なるオフィスの内装リニューアルにとどまらず、環境配慮、コスト削減、働き方改革、共創など、様々な視点から東芝の変革へとつながる仕掛けが盛り込まれている。そのプロジェクトは、2018年、一人の従業員が長年秘めていた想いから始まった。

崖っぷちの危機を変革のチャンスに

東芝に新卒で入社して以来、府中事業所の設備動力担当として事業所内の建屋の設計や工事の発注を行う高山氏は、望んで進んだキャリアだったが、もどかしい想いを抱えていた。工事業者からの要望書の作成といった新しいコミュニケーションの仕組みづくりなどやりたいことや改善したいことがあって上司に提案しても「前例がないからできない」、「今はそんな時期じゃない」と、なかなか受け入れてもらえなかったという。

 

「受け入れてもらえない理由が、提案内容ではなかったことが、残念でした」(高山氏)

 

こうして高山氏は次第に別のキャリアも考えるようになっていったと言う。しかし、そんな高山氏を府中事業所ごと飲み込むような、東芝グループ全体を揺るがす大きな波が訪れる。2015年に発覚した東芝の不正会計問題であった。

 

「提案が通らないなんていう悩みも吹っ飛ぶほどの衝撃でした。盤石だと思っていた府中事業所も崖っぷちに立たされていることを肌で感じました」(高山氏)

 

その後、東芝グループは「変革」をテーマに掲げ、信用回復へと舵を切る。

 

「しかし、現場の混乱は収まりませんでした。府中事業所でも、マネジメント層は変革というテーマに困惑し、我々一般の従業員も先行きに不安を抱えていて、誰もが身動き取れずにいるように見えました」

 

そんな状況の中、高山氏は、「自分がその不安を解消する動きをつくれないか」と考え始める。

 

「直前まで辞めようと考えていたのに、不思議なものです」(高山氏)

 

株式会社東芝 府中事業所 企画・管理部 設備動力担当 スペシャリスト 高山 亮氏

株式会社東芝 府中事業所 企画・管理部 設備動力担当 スペシャリスト 高山 亮氏

誰もが、東芝は変わらないと生き残れないという危機的な状況であることを認識していたと高山氏は振り返る。そして、今ならば自分の提案も受け入れられるのではないかと考えた。

 

「長年抱いていた『変革への情熱』が、ようやく形になるチャンスだと思いました」(高山氏)

 

高山氏は、会社を変えられるなら手段は何でも良いと思ったという。しかし、全く何もないところから新しいものを生み出すことは至難の業だった。

 

「しばらく悩んで、身近でボロボロだった自分たちのオフィスを変えられないかと、建築設計を担当する自分が今できることを最大限生かして、オフィス改革を考えました。目的ではなく手段として、変わった感を出すことにこだわりました」(高山氏)

 

従業員にとって最も身近なオフィスが変われば気持ちも一新し、一人ひとりの働き方にも良い循環が生まれるはずだと、オフィス改革の企画案を上司に提案した。2018年11月に策定された全社変革プランの「東芝Nextプラン」も事業所内の変革の後押しとなり、高山氏の企画案はとんとん拍子に上へ上へと上がっていった。そして、府中事業所 所長の賛同も得て、2019年の2月「第27回東芝グループ環境展」に出展することになる。環境展は、東芝グループの最新の環境調和型製品、環境負荷低減に向けた活動などを一般展示するイベントで、毎年社内外から約3,000人が訪れる社内でも有数の展示会だ。

オフィス改革プロジェクト波動(HADO)の誕生

府中事業所からは、高山氏が提案したオフィス改革プロジェクトの紹介に加えて、モノづくりでの環境負荷低減をテーマにした「トップレベル事業所」の展示もあった。その担当者が、後にグループ長となって高山氏を支える村田氏だった。

 

「トップレベル事業所」とは、東京都が定める基準を満たした「地球温暖化の対策の推進の程度が特に優れた事業所(優良特定地球温暖化対策事業所)」で、都内に約1200カ所ある大規模事業所※1のうち、わずか3%ほどしか認定されていない。新築大型ビルの認定が多い中、府中事業所は、最も古く最も大きい「トップレベル事業所」として認められている。

 

※1大規模事業所:東京都では、前年度の燃料、熱、電気の使用量が、原油換算で年間1,500キロリットル以上の事業所を「大規模事業所」と定めている

動き出すきっかけがないと変わっていかないものです。トップレベル事業所認定を受けたことをきっかけに、人を集め、研究開発や生産、協業のモデルとなる事業所をつくっていきたいと考えています。オフィス改革プロジェクトもそういった一つのきっかけになると思いました」(村田氏)

 

株式会社東芝 府中事業所 企画・管理部 設備動力担当 マネージャー 村田 禎(ただし)氏

株式会社東芝 府中事業所 企画・管理部 設備動力担当 マネージャー 村田 禎(ただし)氏

展示会での評判もあり、オフィス改革のプロジェクトは正式に動き出すことになる。「府中事業所全体に波動(HADO)として伝わって、大きな変化へとつながる最初の一滴となりたい」という想いから、プロジェクト名を「HADO」にしたという。

何もかも新しいがゆえの困難

プロジェクトのやり方も、従来と違う新しいアプローチで進めたことが特徴だ。設計・施工、家具の選定、ペーパーレス、予算、工事など、実行フェーズの役割に合わせた新しいチームをつくり、部門全員参加で年齢・立場に関係なく一人ひとりの個性をもとにチームの編成を決めた。をそして驚くべきは、その編成を部門長ではなく新入社員に決めさせたということだ。

 

「メンバーの良いところを見つけるのが得意な新入社員に、以前全員でやっていた『ストレングスファインダー(才能診断)』の結果をもとにチームメンバーとリーダーを決めてもらいました。リーダシップや協調性といったその人の良いところと合わせてチームが発表されて、みんなうれしかったと思います」(高山氏)

 

「どういう人かを認識することで、たとえ言い争いになったとしても、解決の糸口を探ることができます。また、プロジェクトは非定常な業務が多いので、お互いの強みや個性を知ることでチームの息を合わせて、円滑に進むようにしたいと考えていました」(村田氏)

 

新入社員が製作した模型

新入社員が製作した模型

しかし、何もかも新しかったがゆえに、はじめから順調に進んだわけではなかった。誰もやったことがないことに対する不安感や、通常業務にプラスアルファでかかる負荷、若手のリーダーとベテランのメンバーとの年齢の壁もあった。

 

「自分の目指すところを伝えきれず、どうしたら伝わるかをずっと模索していました。オフィスが出来上がることは、目的ではなく手段だと思って、その新しいオフィスを使ってどうやって次のことを実践していこうかと考えていたのですが、実際に事業所の変革というその先のビジョンを示して理解してもらうのは大変で、村田さんにもよく相談しました」(高山氏)

 

「私自身は、マネージャーとしてプロジェクトの方向性は示しつつも、前面には立たずに、キーマンに動いてもらうことを大事にしていました。メンバーにもそれぞれ意見があって、進めていきたい方向が若干違うなと感じても、プロジェクトとして『オフィスの変革を通して、働き方やコミュニケーションにも変化をもたらす』という着地させたい場所は一緒なので、そこを一人ひとりと話し合って微調整しながら、最終的に目的地に着けるようにコントロールしていました」(村田氏)

 

家具やカーペットが入荷してきた頃から、次第にメンバーの自発的な動きが生まれるようになってくる。製品カタログを隅から隅まで把握するプロフェッショナルも現れた。

 

オフィスの備品を制作している様子

 

目に見えて変わってきた時に、前向きな意見が増えてきたんです。『こうしたらどうだろう?』という新しいアイデアがでてきたり、それまでは自分が『やろうよ』とみんなに呼びかけていたのが、逆に『まだ?』とあおられるようになったり、うれしかったですね」(高山氏)

 

「新しい家具が入荷してひとつの目に見える基準ができたことで、『課題の分離』ができました。そして、これは誰の課題なのか、切り分けて考えることで、それぞれ自分が取り組むことが明確になって、一気にスタートが切れました」(村田氏)

 

リニューアルしたオフィスの様子

HADOオフィスに散りばめられた仕掛け

変えるところは大胆に変えつつ、他の部門でも簡単にまねできるようコストを抑えたこともプロジェクトのポイントだった。

 

「印象的な家具を採用して視覚効果をつけることで、内装工事を最小限に抑えたり、職場でつくれるものは自分たちでつくったり、お金をかけるところに優先順位をつけて、お金をかけないところは徹底的にコストを削ぎ落し、メンバーの揺るぎない努力の結果、従来の内装改修費用の約50%でリニューアルを実現しました」(高山氏)

 

エコなオフィスとして、ペーパーレスや省エネ施策にも取り組み、さらには、行動パターンの分析結果から、心理的な仕掛けも散りばめている。

 

「これまでは、人が溜まる場所が固定されていたのですが、動線を考えて、通路をなくしたり、コピー機とごみ箱をあえて離れた場所に置いたりして、どこでも自由に歩き回れるようにしました。人が動くことで、言葉を交わす機会を増やし、必要なときにすぐに話せる環境を整えたところ、すぐにその効果が表れました」(村田氏)

 

言葉を交わす機会を増やすレイアウトにしたことで、コミュニケーションが増えたことによるこまめな情報共有によって、作業工程の後戻りが減ったほか、会議や残業時間も削減することができた。設備動力担当グループの対応案件数はこれまで3カ月間で1,000件が平均だったが、今年度は4月から6月の3カ月間で1,300件を超え、目に見えて効率が上がっている。コロナ禍においても、このオフィスを中心に、リモートワークも活用しながら、工夫してコミュニケーションをとり、乗り切っているという。

 

「従来は、働く場所の選択肢は、自席か会議室の2つしかありませんでした。会議室を1時間予約すると、1時間使って話そうとしてしまいます。会議室を使わずに話したら、話が終わればすぐに解散できます。集中ブースやカウンター席などを設けて、2個の選択肢を11個に増やしたことで、仕事の種類や個人のコンディションに応じて最適な場所を考えて働くことができるようになりました」(高山氏)

 

リニューアルされたオフィスで業務をする社員

 

「社外のアドバイザーからも意見をもらいながらレイアウトを検討しました。実際に自分たちで社外のオフィスを見学して知見を深めたり、社内の高精度測位システムを試験導入して行動軌跡やヒートマップを示したり、オフィス改革を通して、社内外のパートナーと共創して、新しいことを試し、生み出す場としても機能しています」(村田氏)

 

オフィスの人の動きを高精度測位システムで可視化

オフィスの人の動きを高精度測位システムで可視化

「見学に来た方がドアを開けて入った瞬間、これまでの工場にはない景色に驚いた表情を見た時は、やって良かったと思いましたね。変革を表現したかったので、一目で伝わったことに一番の喜びを感じました。うちでも取り入れたいという声も増えてきて、広がりを噛み締めています」(高山氏)

 

「ちょっとした備品の変化くらいでは、人間は柔軟性が高いので順応してしまいますが、オフィスを大胆に変えることによって、自分たちも働き方やコミュニケーションを変えていこうと思うようになります。やるなら大胆に変えないと変わらないので、突き抜けるまでやろうと話してきました。それが見学者のリアクションにつながったと思います」(村田氏)

 

リニューアルされたオフィスで業務をする高山氏

変化の波を事業所全体へ 新しい人や技術が集まる場所に

オフィスの次は、ものづくりの現場として、事業所全体での展開を目指している。そして、いろいろなモデルケースを増やしていきたいと考えている。

 

「今回のプロジェクトで始まった動きを徐々につなげて、次はモノづくりの場に生かしていきたいと考えています。また、脱炭素化に向けて新築にも既存建築物にも最先端のZEB※2思想を織り込み、新旧の事業所を見られるようにして、『府中に来れば何でもある』と民間や官公庁など社外の方にも興味を持ってもらえる事業所を目指したいです。そうなると、人も事業も集まって事業所が活性化するのではないかと思っています」(村田氏)

 

※2 ZEB(Net Zero Energy Building:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル):「ゼブ」。快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物

「変革を続けて、価値を示しながら、自分でもできそうだと思ってもらい、あともう少しを踏み出すその一歩を後押しできたらと思っています。オフィスのドアに入ってきた驚きの顔を、府中事業所の正門に入ってきた時にも見られるようにしたいですね」(高山氏)

 

府中事業所の変化の波はこれからも広がっていく。

高山氏と村田氏、リニューアルされたオフィスにて

 

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