量子コンピューターに耐えうる未来を築く! ~なぜ、金融業界は通信ネットワークを改良すべきか?

2023/08/25 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 量子コンピューターは、今日のデジタル経済を支えるセキュリティを脅かす可能性がある。
  • 機密データの盗聴を狙う、「今収集して後で解読」(Harvest Now, Decrypt Later)攻撃に備える!
  • 量子セキュアなネットワークへの移行が、将来に向けて機密データを守るかぎとなる!
量子コンピューターに耐えうる未来を築く! ~なぜ、金融業界は通信ネットワークを改良すべきか?

量子コンピューターの登場は、コンピューターの計算力に対する私たちの認識を根底から変える可能性を秘めている。量子コンピューターは、デジタル経済を大きく変えるターニングポイントになると予想されているのだ。具体的には、今日、私たちが信頼しているサイバーセキュリティが崩され、情報の安全性が脅かされる可能性が高い。機密性が高く、長期保存が必要なデータを扱う業界は、標的となるリスクが増大するため、特に懸念されている領域だ。

 

現在、このリスクを未然に対処できる唯一のソリューションが、「量子セキュアネットワーク」であり、量子コンピューターによる盗聴や解読からデータを保護する。盗聴に強い量子セキュアなネットワークは、量子コンピューターの攻撃に対して安全性を担保できる、今のところ唯一のデータ伝送方式である。このソリューションがあることで、SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」の推進にもつながる。

量子の脅威

現在のデジタル経済は、公開鍵暗号などの標準的なセキュリティで支えられている。このセキュリティを突破するには、膨大な因数分解の計算が必要であり、通常のコンピューターでは現実的でない時間を要する。

※暗号化と復号化で別々の鍵を用い、暗号化の鍵は公開してやり取りし、復号化の鍵は秘匿する

 

しかし、1990年代に数学者のPeter Shor氏が開発したアルゴリズムだと、「量子コンピューターの土台となる物理学が、新しい数学を利用して古典的なコンピューターよりも何桁も速くこの計算を処理可能だ」と実証された。このことから、量子コンピューターの計算能力であれば、わずか数秒で現在のセキュリティを突破できると証明されたのだ。これをきっかけに、今日のセキュリティの標準的なあり方を、量子コンピューターに対抗できる新世代セキュリティに置き換える必要がある、との認識が広く定着するようになった。

金融業界を揺るがすリスク

「量子技術は、ビジネスに新しく大きなチャンスをもたらすが、潜在的なリスクでもある」 

 

こう警笛を鳴らすのは、EY(Ernst & Young)社のTMTマネージング・パートナー、Praveen Shankar氏だ。Shankar氏によると、量子コンピューターの発展は、社会や組織にとって諸刃の剣になりうるという。

 

Ernst & Young TMTマネージング・パートナー Praveen Shankar氏

Ernst & Young TMTマネージング・パートナー Praveen Shankar氏

ハッカーたちは、量子コンピューターがまだ社会に普及していないにもかかわらず、既に大量の暗号化データを収集し始めている。彼らの目的は、将来、量子コンピューターが利用できるようになった時に、それまでに蓄積しておいたデータを解読するというもの。このような攻撃は、「今収集して後で解読」(Harvest Now, Decrypt Later)と呼ばれており、量子コンピューターの潜在的な影響力として、目の前にあるデータがすでに危険にさらされていること示す。

 

金融情報や軍事機密データは、陳腐化する速度が一般的に遅いため、ハッカーは「今収集して後で解読」攻撃により、数年先んじて価値のある情報を入手するという訳だ。そのため、銀行や政府機関などは既に標的にされている可能性が高く、他の暗号化されたデータの盗聴と見分けがつかない攻撃を受けている可能性がある。

 

また組織にとってのリスクは、量子コンピューターが公開鍵暗号を破ることができる時点が近づいていることだけではなく、そのようなブレークスルーが実現しても、目に見えない利点を享受するためにそれが公にならない可能性があるということだ。そうなれば、量子コンピューターの所有者は、他者には見えない形で優位性を得ることになり、一方の産業界は防衛の必要性を認知できない状況に陥る。

 

さらに、こうした不測の事態が発生したかどうか不確定の状況であっても、金融業界にとって大きな不安要素になる。なぜなら、本来は安全だと思われていた機密データが本当に安全かを確認するために、金融機関や株主、規制当局が奔走することになるからだ。

 

こうした不確実性に対する唯一の防御策は、未然に万全な守りの体制を整えておくことに他ならない。すなわち、量子暗号によって、ネットワークが保護されている状態を作っておくことが重要になる。

量子暗号で安全性を確保

前述の量子リスクに対処するためには、量子コンピューターの計算力に耐えうる新しい暗号化アルゴリズムが必要だ。暗号鍵を量子コンピューターから解読されにくくし、データそのものを解読させない。また、暗号鍵も盗聴されないよう、ネットワーク上で安全に配送されなければならない。

 

先ほどのEY社 Shankar氏は、「量子セキュアなデータ伝送は、データ保護における大きな進歩を意味し、デジタル経済におけるビジネスで不可欠な要素である」と指摘する。

 

東芝の量子暗号通信(QKD: Quantum Key Distribution)は、量子セキュアなデータ伝送が可能であり、デジタル経済が直面している量子コンピューターの脅威に対抗したネットワークを構築できる有効な手段だ。QKDを使用すれば、極めて安全な暗号鍵の生成・配布が可能となる。

 

東芝の量子暗号通信(QKD)の送受信機

東芝の量子暗号通信(QKD)の送受信機

数学の原理を利用した一般的なアルゴリズムとは異なり、QKDのセキュリティは量子力学に基づいている。暗号鍵の材料は、ランダムに変化する光子(量子ビット)を使って暗号化される。量子の性質上、これらの光子を盗聴しようとするとそこから暗号化が進まなくなり、盗聴の試みが明らかになる。そうなると、現在の鍵は破棄され、盗聴が止められるまで、新しい鍵を生成しないよう制御されるのだ。

 

このように、QKDは量子コンピューターに対し安全性を担保することが証明された、極めて信頼性の高い暗号鍵配送方式だ。これは、東芝の20年にわたる研究の成果であり、成熟した技術である。また、競合他社よりも長距離の通信が可能で、既存のファイバーネットワークにも導入できるなど、世界をリードする独自技術に裏打ちされている。

英国ロンドンで商用向けサービスを試行開始

2022年、世界初の試みとして、英国ロンドンでQKDの商用ネットワークを英国電気通信事業者BT(British Telecom)のファイバーネットワーク上で展開した。これは、「量子セキュアメトロネットワーク」(QSMN: Quantum-Secured Metro Network)と呼ばれ、東芝のQKDハードウェアと鍵管理ソフトウェアで構築される。そして記念すべき最初の顧客として、上述のShankar氏が所属する、会計・税務・コンサルティングなどを展開するEY社が参画した。

 

ロンドンの量子暗号通信の商用向けメトロネットワーク

ロンドンの量子暗号通信の商用向けメトロネットワーク

「デジタル経済でビジネスを行う上で不可欠なデータ保護において、量子セキュアなデータ伝送は大きな進歩です。BTとのコラボレーションは、真のイノベーションや、ビジネスと量子経済全体に大きな価値をもたらす取り組みです。これは、東芝が大切にする「ともに生み出す」という価値観を体現している好例です」と、東芝欧州の量子技術部長Andrew Shields氏は語る。そして次のように続けた。

 

「ロンドンでのネットワーク構築は、今後量子セキュア通信を英国全土に展開していくための重要なステップで、英国における量子対応経済の成長に貢献するものです。現在のQSMNの試行は、企業や各種組織にとってデータの安全性を確保する最初の一歩となるため、非常に重要な位置づけと認識しています」(Andrew Shields氏)

 

東芝欧州社 量子技術部長 Andrew Shields氏

東芝欧州社 量子技術部長 Andrew Shields氏

このQSMNでは、専用の高帯域の暗号化リンクなど、量子技術で安全性を担保する様々なサービスを提供している。現在、このネットワークは、EY社の社内ネットワークにファイバー接続しており、1分ごとに交換されるAES 256対称鍵に基づく暗号化器を利用している。EY社は、このネットワーク上でテストデータを送信し、実際の通信速度や遅延時間を検証している。

 

BTの最高技術責任者Howard Watson氏は、次のように語る。「量子技術は、将来の社会やビジネスに大きな影響を与えることが予想されます。それを理解し、開発し、構築する過程は非常に複雑なものです。また、送信元と受信先のサービス設計が、市場の厳格なセキュリティ要件を満たしていることが重要です」

 

BT 最高技術責任者 Howard Watson氏

BT 最高技術責任者 Howard Watson氏

すなわち、このような試行ネットワークは、実際の利用環境で検証・習熟するためのプラットフォームとなるだけではなく、金融機関が量子技術に精通したチームを育成し、市場への適合性をテストするためのハブにもなるのだ。

 

またEY社にとっては、顧客に対してセキュリティ対策の積極的な取り組みを示す機会にもなる。QSMNを介して送信されるデータは、量子コンピューターの脅威から保護されているため、EY社の顧客は 「今収集、後で解読」攻撃のリスクにはさらされない。

 

ロンドンでの試行ネットワークは、潜在的なハッカーの脅威に加えて、業界全体、またEY社の顧客に対して、「英国は量子セキュアな環境を整える準備ができている」という強力なメッセージを送っている。これは、量子セキュアな通信に向けて、英国全土のネットワークを構築する重要な一歩であり、英国における量子対応経済の成長を後押しするものだ。

 

英国政府 科学・研究・イノベーション担当大臣George Freeman氏は、このように語る。「これは英国がグローバル経済で確固たる地位を築くイノベーションであり、我々は社会に大きな利益をもたらす変革技術の発見、開発、商用化の最前線に立っているのです。」

安全への一歩を踏み出す

量子コンピューター時代は、すぐそこまで来ている。だが、量子コンピューターが、いつ危険なレベルに達するかは誰にもわからない。金融のように日々機密データを扱う業界は、そのリスクが極めて高いことは言うまでもない。このような状況で、英国ロンドンでの試行ネットワークの成功は希望の光をもたらすはずだ。来る量子コンピューター時代に、なるべく早く備えておくことが不可欠である。

 

「人と、地球の、明日のために。」 東芝は、人と組織のセキュリティを守るソリューションを開発している。 東芝のQKDは、安全な量子産業経済の発展を支える重要な役割を、今後も担っていく。 

Related Contents