法令翻訳の加速が、私たちの社会を発展させる! ~新たなインフラ整備の舞台裏

2023/12/26 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 対日投資を促すには、法令翻訳の加速が必須!
  • 思い、技術の組み合わせで、新しい法令翻訳システムを共創!
  • 新たな時代のインフラ構築で、日本をより豊かに!
法令翻訳の加速が、私たちの社会を発展させる! ~新たなインフラ整備の舞台裏

法務省が推進する、日本法令外国語訳整備プロジェクト──。2004年から検討が始まり、2009年には日本法令外国語訳データベースシステムの運用が始まった。その後も着々と運用を重ねてきたが、今、大きな進化を迎えようとしている。それは、AI翻訳の活用プロジェクトだ。法務省の立場はもちろん、このプロジェクトに携わった東芝の技術者と営業からも、その社会的意義とAI活用の重要性、見据える未来を詳らかにした。

なぜ、法令翻訳の加速が求められているのか?

国連貿易開発会議は、GDP(国内総生産)における海外からの投資割合を公表している。この割合が高いほど海外からの出資、設備投資などが活発とされるが、2021年時点で日本の数字は5.2%、200か国中197位に甘んじている。

 

一方で、2023年度の日本のGDPは世界で上位に位置する。医薬品、産業用ロボットなどの分野で世界上位の市場規模があり、海外企業にとって魅力は大きい。海外企業の日本進出を促し、同時に日本企業の海外展開も後押しする。そのために政府が重視しているのが、日本法令の翻訳である。

 

「日本法令外国語訳整備プロジェクト」を担当する法務省 惣木氏は、「日本法令の翻訳は、インフラ整備として重要であり、諸外国による日本法制の理解、対日投資、そして日本企業の海外進出の促進につながります。各所から、法令翻訳を加速するよう求められています」と語る。

 

法務省 大臣官房 司法法制部 司法法制課 法令外国語訳第一係 係長 惣木 詩織氏

法務省 大臣官房 司法法制部 司法法制課 法令外国語訳第一係 係長 惣木 詩織氏

前述のとおり、法令翻訳の整備は、2004年に内閣の司法制度改革推進本部・国際化検討会で議論が始まった。2009年から運用されているウェブサイト「日本法令外国語訳データベースシステム」で、翻訳された法令を確認できる。

 

このように法令翻訳は以前から進められていたが、今回のプロジェクトの大きなポイントはAIの活用だ。2019年の「日本法令の国際発信に向けた将来ビジョン会議」の提言をもとに翻訳作業へのAI導入が検討され、2023年に専用AIによる法令翻訳システムの開発が始まった。この開発に携わっているのが東芝だ。

「枯れた技術」と最新AIを組み合わせて翻訳精度を向上?!

法令翻訳システム開発の実質的リーダーである東芝デジタルソリューションズ 浜上拓也氏は、「本当に意味のある法令翻訳というインフラ構築をより早く確実に実現するという観点で、全体を俯瞰してご提案した。だから、選考を経て任せていただけたのでは」と、法務省のプロジェクトへの関わり方を語る。

 

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 官公技術第二部 技術第三担当エキスパート 浜上 拓也氏

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 官公技術第二部 技術第三担当
エキスパート 浜上 拓也氏

実のところ現状では、法令の公布から、その法令を翻訳して「日本法令外国語訳データベースシステム」に公開されるまでに約2年半かかっている。法令翻訳は、法令を所管する府省庁が英訳原案を作成するところから始まる。多くの場合は、翻訳を専門業者に委託し、委託した府省庁がその内容を確認・修正して英訳原案が完成する。その後、英訳原案は法務省に提出され、法務省において、ネイティブスピーカーが自然な英語となっているかなどという観点から、また専門家が他の関係法令との整合性等の観点からそれぞれ確認・検査を行い、最後に所管府省庁の確認を経て本公開される。

 

浜上氏は、「ただAI翻訳システムを作るだけでは、外部へ委託する部分を代替するに過ぎません。そこで、府省庁職員が確認して修正する手間まで軽減する仕組みを提案しました。法務省が実現したいことを理解し、最大の課題である『翻訳作業の時間短縮』を解決しようと思いました」と振り返る。

 

しかしながら、その開発は容易ではなかった。最大の障壁は、翻訳対象の法令文特有の難しさだ。独特な表現、長い文節、主語がわかりにくいなど、AIだけでは誤訳になることが多かった。そこで東芝は、「自然言語処理」「法令専用の最新ニューラル翻訳モデル」「法令固有の課題に応じた追加学習」という3つの段階を組み合わせて、翻訳の精度を高めることにした。

 

「自然言語処理」や「追加学習」では、以前から使われている技術を活用している。ここで「枯れた技術」という言葉を紹介する。これは否定的な意味ではなく、長く、広く使われ、信頼性が高い技術のことだ。確かに最新技術は目を引くが、今回のプロジェクトで重要なのは早く的確な翻訳を実現し、法令翻訳というインフラ構築への貢献だ。だから東芝は「枯れた技術」も活用し、課題を解決したわけだ。

 

新しい法令翻訳システムが、翻訳の手間を減らし、公開までの期間を大幅に短縮

新しい法令翻訳システムが、翻訳の手間を減らし、公開までの期間を大幅に短縮

技術者としての自信をにじませながら、浜上氏は続けて語る。

 

「最新のディープラーニングによるAI機械翻訳は、表現の自然さでは優れています。しかし、技術には得意、不得意があります。専門用語が多く、文章構成が複雑な法令翻訳では、ディープラーニングだと必要な情報が翻訳から抜け落ちたり原文に無関係な用語が出現したりと、法務省が目指す姿を実現できません。そこで法令専用のAI翻訳モデルに加えて、東芝が1970年代から研究してきた自然言語処理やルールベース機械翻訳なども併用し、翻訳の質を高めました」(浜上氏)

自前主義にこだわらず、共創によって最適ソリューションを!

このようにして、新しい法令翻訳システムは2023年12月1日から法務省での試行が始まった。2024年4月には、政府全体への導入が待っている。なぜ、こうした成果を実現できたのか?このとき重要になる言葉が「共創」だ。

 

前段で、「全体を俯瞰した提案が重要だった」と技術者として浜上氏は語った。この俯瞰を可能にしたのは、営業として法務省に向き合い続けた川合碧氏がいたからだ。「デジタルでお客様の課題を解決し、より便利な当たり前を生み出したい」と思い、東芝に入社した川合氏が、嬉しそうに当時を教えてくれた。

 

惣木様と日々会話している中で、『法令翻訳というインフラを整備して、日本の発展に貢献したい』という強い志が伝わってきました。私もデジタルでお客様の課題を解決し、社会に貢献したいと思っていたのでとても共感しました。

 

法務省が実現したい姿、業務の全体像、どこを解決すれば最も近道なのか──。惣木様と対話を重ね、課題を洗い出し、法務省の取り組みと東芝の強みを組み合わせた「共創」を図るべく、浜上さんたちと徹底的に議論しました。その結果、自前主義にこだわらず、AI翻訳に必要な最新技術・パッケージを持つ団体や企業と手を組むことにしました。システム利用者である府省庁や、法令翻訳を活用する企業・人々にとって最適な選択は何なのか。様々な検討を経て、他社との共創を選びました」(川合氏)

 

(当時の所属)東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 官公営業第二部 官公営業第三担当(現在の所属)株式会社東芝 コーポレートコミュニケーション部 メディアコミュニケーション室 川合 碧氏

(当時の所属)東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 官公営業第二部 官公営業第三担当
(現在の所属)株式会社東芝 コーポレートコミュニケーション部 メディアコミュニケーション室 川合 碧氏

ここでも「共創」だ。東芝は、NICT(情報通信研究機構)と川村インターナショナルと連携して、今回の翻訳システムを構築している。AI翻訳のモデルにはNICTの最新エンジンを用い、その翻訳精度を高めるに当たっては東芝の技術を活用、そして川村インターナショナルが「人による最終確認」で役割を果たした。こうして、社内外の技術・知見をつないだ共創が新たな価値を生んでいる。

 

今回の法令翻訳システムについて、NICTの隅田英一郎氏は次のように期待の声を寄せている。

「共創的な技術開発によって今回実現した法令翻訳の効率化によって、法律が日本語で書かれていることに起因する海外から見たときの壁がなくなり、様々な内外交流に拍車がかかり、日本の再浮上に大いに貢献することでしょう」

※情報通信研究機構(NICT) フェロー

さあ、新たな時代のインフラ構築へ!

前述のように、新しい法令翻訳システムは法務省での試行が始まっている。惣木氏は「このシステムによって、法令翻訳に必要な期間の大幅な短縮が期待されます。府省庁への展開に向けて、着々と準備が進んでいます。そして、政府目標である『(2021年度から)2025年度までに、新規で1,000本以上の英訳法令を公開』という目標達成に向けて、取り組みを強化していきます」と意気込む。浜上氏は、「国の重要システムに携われるのは、技術者にとって誇りであり、最高に面白いですね。今後もこのようなプロジェクトに携わっていきたいです」と意欲を見せる。

 

政府全体で法令翻訳システムが使われると、翻訳会社に依頼する費用、府省庁職員の負担が節減され、税金から生まれる貴重な公的資源をより本質的な業務に振り分けられる。そして何より求められているのは、日本への投資の増大、さらには国際理解の促進や、在日外国人の暮らしやすさだ。こうした便益を生む、新たな時代のインフラ構築について、惣木氏は次のように熱を込めて語る。

 

「『日本法令の国際発信の推進に向けた官民戦略会議』において、“外国企業がアジアの拠点をどこに置くかを検討する際、法令のインフラ整備が整っているかが考慮されている”との意見がありました。

 

法令翻訳の整備が不十分という理由で、日本が投資先に選ばれないのは絶対に避けたい。法令翻訳の整備は、日本経済・社会の持続的な成長や、国際協力の推進に不可欠と考えています」(惣木氏)

 

インフラと聞くと、一般的には電気、水道、ガス、道路などが想像されるが、グローバル社会においては法令翻訳も重要なインフラだ。新たな時代のインフラが、多くの企業、人々にとって快適な社会を実現する日が楽しみだ。

 

日本法令外国語訳整備プロジェクトに携わった、法務省、東芝の面々

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