小さな装置が下水処理施設の危機を救う!~省エネ・省スペースを実現する下水処理装置“Habuki™”とは?~
2024/09/30 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- シンプルな構造ながら革新的な処理性能を実現するHabukiとは?
- 6畳間サイズの小さな装置が、下水処理施設の様々な課題を解決
- 設置の容易さから、災害時の水処理能力の維持にも期待
世界中で気候変動問題の解決に向けた取り組みが加速する中、日本では2030年度の温室効果ガス削減目標について、2013年度比で46%削減を目指すことが2021年に表明された。下水道事業においても更なる省エネルギー化や創エネルギーの促進など、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが求められている。
一方で、人口減少に伴う使用料収入の減少や下水道担当職員の減少、老朽化した下水処理施設の増加など持続可能な下水道事業の運営のために処理場の統廃合が検討されている。
処理場の統廃合が進めば、流入下水量が増加するため、既存施設を活用して処理能力増強を図り、新たな施設の増設を回避することで、コスト削減に貢献する技術が求められる。 このように、日本国内ではカーボンニュートラルに貢献する省エネ技術や、コスト縮減に資する能力増強技術が必要となっている。
これらの課題解決に期待がかかるのが、東芝が2024年7月にリリースした新製品「HabukiTM」である。
設置するだけで反応タンクの下水処理能力を倍増可能にするHabuki
細かい説明は後回しにして、最初にHabukiの能力を紹介したい。Habukiは、現在多くの下水処理施設で用いられているOD(オキシデーションディッチ)法において、既存の反応タンクの前段に置かれる前処理装置であり、反応タンクの下水処理量を約2倍に高めることができる水処理装置だ。OD法とは、簡単にいえば浅い環状水路を反応タンクとして利用し、反応タンク内に保持する微生物によって下水中の有機物を分解する下水処理方式である。OD法における反応タンクは設置面積が大きく、例えば1日あたり流入下水量1,000m3を処理するために400m2程度の面積が必要になるが、反応タンクの前段に設置するHabuki自体の大きさは、6畳間の部屋より少し大きい程度のサイズなのである。
OD法は、日本国内の下水処理施設およそ2,000箇所のうち、1,000箇所程度で採用されている下水処理方式である。特に、処理能力が10,000m3/日未満の小規模下水処理施設では、約7割がOD法を採用しているという。すなわち、Habukiを導入することで、国内の下水処理施設の約半数の能力を倍増させられる可能性を秘めているということだ。それがどのようなメリットを生むのか、具体的に想定されるケースと共にいくつか紹介しよう。
最初の例は、下水処理施設の広域化・共同化などによる流入下水量増加に伴う処理系列増設対策だ。人口減少や都市部への人口集中等に伴い、下水処理施設の広域化・共同化を検討する自治体も増えている。広域化・共同化による流入下水量増加に伴い新しい下水処理系列の増設が必要になることがあるが、Habukiを導入し既存系列の処理能力を上げることで、新系列の増設を不要にできる。この導入事例では、反応タンク新設にかかる土木・機械・電気設備等の建設費用が不要になるため、コストメリットが大きい。
次は、Habukiの導入により、複数ある水処理系列のうち1系列の反応タンクを停止させ下水処理施設のダウンサイジングを行う際の例だ。人口の減少に伴い流入下水量が減った場合、下水処理施設としては100%の能力が必要なくなる。しかし系列を停止させるほど流入下水量が減っておらず、水処理系列を停止できないため従来と同程度の動力費や維持管理費が発生してしまう。ここでHabukiを導入すると、既設反応タンクの処理能力が増強されるため、一系列分の反応タンク稼働を止めることができる。これにより処理場の消費電力と設備の維持管理費削減につながるというわけである。
このようにHabukiは「コストを省く」「スペースを省く」「手間を省く」という3つの「はぶく」を実現する。これが「Habuki(はぶき)」という製品名の由来である。
「上記の2例に加え、Habukiは設備の老朽化対策として仮設利用でも貢献できると考えています。下水処理施設では、躯体の耐震工事や設備更新時も下水処理を継続しなければならず、処理系列停止時には既存の反応タンクと同じ面積の仮設設備を設置する必要があります。しかし、OD法では一系列のみで運用する自治体が多く、このような処理場では充分な仮設スペースが無い場合があります。Habukiがあればコンパクトな仮設設備を設置できるので、これらの課題に対する新たな解決策として貢献できればと考えています。」 そう語るのは、東芝インフラシステムズ株式会社でHabukiの販売促進を担当する北垣奈生子氏だ。
いずれの例においても、反応タンクに流入する前処理としてHabukiを使用するだけで、その処理能力を約2倍に高め、需要に合わせた柔軟な対応が実現できる。しかも、Habukiの設置スペースは、ほとんどのOD法処理施設で容易に確保できるサイズであることから、まさに魔法の小箱と呼ぶにふさわしい能力を持っているのだ。
魔法の小箱のタネ明かし。Habukiはどうやって処理能力を倍増させているのか?
Habukiは、OD法の前段に設置することで、低動力かつ短時間で前処理を実施し、反応タンクの負荷を大幅に低減することができる。具体的には、反応タンクの前段でBOD(Biochemical Oxygen Demandの略。水の汚濁指標として用いられ、この値が大きいほど、水の汚れの度合いがひどい)を半分程度削減することが可能だ。これにより、反応タンクへの流入負荷が低減し、従来の処理方法と比較して、空気を水中に吹き込むために必要な曝気動力を約20~40%削減、処理時間を24時間から16時間へと短縮できる。
下水処理の目的の一つは、BODを下げて、きれいな水を河川に放流することである。Habukiの革新性を最も端的に表しているのが、わずか15分のHRT(水槽内に下水が留まっている時間)でBODを約50%除去できるという点である。これは、24時間のHRTでBODを95%以上処理する従来のOD法と比較して、驚異的な処理能力といえる。
こうしたHabukiの革新的とも言える処理性能は、どのようにして実現されているのだろうか? 開発を担当した東芝インフラシステムズ株式会社の柿沼建至氏に聞いた。
「Habukiの内部には、直径2mの円盤状の30枚の繊維体からなる回転繊維体が収められています。この回転繊維体は下水に40%程度浸かった状態で、1分間あたり3回転程度の低速で回転します。この回転繊維体には反応タンク内の微生物(活性汚泥)濃度と比較すると約10倍の微生物が保持されているため、溶解性の有機物を分解することが可能です。加えて、回転繊維体は特殊な構造をしており、下水中の浮遊性物質を捕捉します。これらを同時に行うことで、短時間で汚濁負荷を低減できるのです。
また、Habuki1台あたりの処理能力は1,350m3/日が上限ですが、繊維体の回転と弱い散気に必要な少ない動力で運用が可能です。」
しかし、柿沼氏は回転体による水処理技術自体は、特に革新的な技術ではないと言う。
「Habukiは、OD法の前処理装置として世界初の製品ですが、開発の基となっている回転生物接触法は、決して新しいものではありません。従来の回転生物接触法には処理性能や機械構造に改良の余地がありました。それを、OD法の前処理装置として使用するというアイデアや、大量の微生物を保持できる繊維体の採用、そして低電力で安定して稼働できる機械設計技術など東芝の様々な技術によって解決した結果がHabukiの革新的な性能として結実しているのです。」
まだまだ広がるHabukiの可能性!
Habukiが秘める可能性は、これだけではない。前述した15分のHRTでBODを約50%除去できるという点から、反応タンクに流入する負荷を低減し、曝気といわれる下水に空気を供給する工程にかかる電気代の削減が可能となる。また、回転繊維体が低速で回転するという非常にシンプルな機械構造のため、定期的なメンテナンスも、毎月の軸受部分のグリスアップ、数年に一度の点検・清掃で完了するという。
「Habukiを導入する事で、電気代削減もそうですが、導入事例によってはさらに大きなコストメリットが生まれると考えています。」と、東芝インフラシステムズ株式会社でHabukiの営業を担当する青木海都氏は言う。
「系列増設不要の場合は、反応タンク新設にかかる土木・機械・電気設備等の建設費用が不要になるため、施設規模によりますが概ね1~2年で投資回収可能と考えています。また、ダウンサイジング対策では、停止する処理系列の動力費、機械・電気設備等の維持管理費が削減できます。Habukiを導入する台数にもよりますが、投資回収期間は10~15年になります。」
「費用の削減効果だけでなく、ゲリラ豪雨時など、一時的に流入下水量が増加し処理能力が圧迫するようなときにも、負荷変動に強いHabukiの利用によって処理を継続することが可能です」と言うのは、同じくHabukiの営業を担当する河村明莉氏だ。
河村氏はさらに、仮設という形で緊急設置を行い、災害時などの衛生確保にも利用できる可能性を提案する。「災害時用の可搬型ユニットなど、さらなる貢献につながる製品の開発を目指していきたい。非常にコンパクトで設置にも時間がかからないHabukiの特徴を生かせば、『今、必要なところに届ける』という形で社会貢献ができると考えています」と語る。
人々の健康を守り、快適な暮らしと衛生的な環境を支えてきた国内の上下水道整備は、高度成長期の後半からバブル期に至る1970年代から1980年代にピークを迎えた。現在、これらの施設が30~50年周期の大規模な修繕や更新期間を迎えている。
こうした課題に向け、東芝は2018年にHabukiの開発を開始し、これまで下水処理技術を評価する公的機関とともに共同実験を行うなど技術確立に努めてきた。研究開発・設計・技術・デザイン・営業さまざまなメンバーの協力のもと、6年かけようやく本年度から販売を開始した。この画期的な技術によって多くのお客様の課題を解決するため、チーム一丸となってさらなる技術改良と販売網拡大に挑んでいく。
関連サイト
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回転繊維体を用いたOD法向け前処理装置Habuki™
オキシデーションディッチ法(OD法)の下水処理施設向け前処理装置 「Habuki™」を発売