水処理には膨大な電気が必要!? 下水道を支える省エネ技術とは?
2017/10/25 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 人口減少により下水処理場には大きな危機が訪れる可能性が!
- 下水処理に大きな電力コストがかかる理由とは…?
- 電力コストの増大を引き起こすジレンマを解決する技術に注目!
トイレや浴室、台所など、私たちの日常生活には「排水」がつきもの。雨水なども含め、人々の生活圏から排出される膨大な下水は、足元のアスファルトの下の下水道を通り、しかるべき施設で浄化処理が行われているのは周知の事実だろう。しかし、この下水処理に使われる電力量は年間で約70億kWh(※1)。これは、211万世帯の年間電力使用量に相当する数値だ。
※1 公益社団法人 日本下水道協会「下水道における地球温暖化対策」
https://www.mlit.go.jp/common/000172036.pdf
また、下水道は全国への普及が進み今やなくてはならない重要なインフラのひとつであるが、老朽化した施設の維持管理や更新をどのように進めていくかが大きな課題となっている。今後、人口減少が進むと、国や地方公共団体における財政事情が厳しくなることが予想され、下水道事業を継続していくためには、電力コストをはじめとした中長期的な維持管理コストの低減が欠かせないのだ。
下水道処理施設
高い水質のための高い電力コスト
「国内電力使用量に対する下水処理の割合が大きいのは、下水処理フローにおける『曝気(ばっき)処理』という処理工程が一つの原因です。曝気処理だけで下水処理全体の電力使用量の約3割から6割を費やしています」(東芝インフラシステムズ株式会社 水・環境システム技術第一部 平岡由紀夫氏)
東芝インフラシステムズ株式会社 水・環境システム技術第一部 平岡由紀夫氏
「曝気」とは水中に酸素を送り込むことをいう。下水処理では、まず沈砂池や最初沈殿池とよばれる池でごみや砂、汚れなどを沈殿させ、その後、下水を反応タンクに送り込み、微生物の力を借りて汚れを分解する。その後、ろ過・塩素消毒して海や川に戻すのだ。だが、この微生物は分解過程で酸素を必要とし、活発に働かせるためには、常に水中に酸素を送り込まねばならない。つまり、この曝気処理は微生物により下水を浄化するために、なくてはならないプロセスなのだ。
下水を浄化し河川に放流するためには厳しい排水基準を満たす必要がある。そのため曝気風量(※2)は過剰になりがち。それが電力使用量の増大に拍車をかけている。消費電力を抑えれば、それだけ水質が悪化する恐れもあるわけだから、単純には電力消費量を削減できない。
省エネをとるか、水質をとるか。トレードオフの関係にあった2つの要素を両立させたのは、一つの意外な着眼点だった。
※2 曝気風量:曝気の際に酸素を送り込む風量のこと。
トレードオフ問題に立ち向かう
「過剰に供給しがちな曝気風量ですが、常に膨大な量の酸素を送り込む必要はありません。人が営む生活の中には、お風呂などで下水を多く排出する夕方もあれば、あまり下水を排出しない真夜中もあり、時間帯によって排出量には差があります。より多くの生活排水が送られてくる時間に重点的に曝気風量を強め、そうではない時間帯に曝気風量を弱める制御を行うことで、適正な水質を確保しながらも消費電力を大幅に抑えられるのです」(平岡氏)
そこに注目して開発したのが「NH4-Nセンサーを活用した曝気風量制御技術」だ。下水の汚れの多くはアンモニア成分を含んでいる。そのため、アンモニア性窒素(NH4-N)は、下水の汚れの度合いを測る際に、非常に重要な指標となるのだ。この技術では、NH4-N濃度から水中に溶存する酸素(Dissolved Oxygen;DO)濃度の目標値を定めて、最小限のDO濃度で最大限のアンモニアを除去できるように曝気風量を適切にコントロールして、状況に応じた効率的な曝気処理を実現している。
「東芝の曝気風量制御技術の特長は、システムが非常にシンプルに設計されているところにあります。このシステムでは、多くのセンサーを導入することなく、1台のNH4-Nセンサーと、適切な曝気風量を計算するソフトを既存のシステムに追加するだけで済むのです」(平岡氏)
NH4-Nセンサーを活用した曝気風量制御装置-構築例
2012年から研究を始めたこの技術は、国土交通省による下水道革新的技術実証事業「B-DASHプロジェクト(※3)」に採択され、早くも2年後の2014年には実証研究(※4)を開始するに至った。「NH4-Nセンサーを活用した曝気風量制御技術」は大きな力を発揮し、従来のDOを一定に制御する方法と比較して、曝気風量を10.3%削減できることを確認した。
※3 Breakthrough by Dynamic Approach in Sewage High Technology Project
※4 国土交通省国土技術政策総合研究所からの委託により株式会社東芝・日本下水道事業団・福岡県・公益財団法人福岡県下水道管理センター共同研究体が実施
「ICTを活用したプロセス制御とリモート診断による効率的水処理運転管理技術」の概略図と実証成果の概要
※5 従来制御をDO一定制御(DO目標値:2.0mg/L)とした場合の曝気風量削減率
※6 国総研からの試算条件に基づく試算結果(処理能力50,000m3/日の下水処理場の場合)
「今後の課題の一つにはオペレーションの自動化があります。それが実現すれば、いっそう運用しやすいシステムになりますし、さらなるコストカットも見込めます。また、トイレ用水や清掃用水などでは飲用水レベルの処理水質は必要でないと考えられるため、再生水を用いて、処理のレベルを適宜抑えるなどの省力化もできるはず。着想次第で取り組めることはたくさんあります」(平岡氏)
現在、日本の下水道普及率は78.3(※7)と非常に高い。これは見方を変えれば、今後、下水処理施設は少ない人口で支えていかねばならない膨大なインフラとなっていくのだ。そのためには、現状の技術に満足せず、さらなる進歩が欠かせない。人知れず進む技術革新に、今こそあらためて注目してほしい。
※7 国土交通省 Press Release http://www.mlit.go.jp/common/001197826.pdf
■参考サイト
※1 : 公益社団法人 日本下水道協会「下水道における地球温暖化対策
https://www.mlit.go.jp/common/000172036.pdf
※7 : 国土交通省 Press Release
http://www.mlit.go.jp/common/001197826.pdf