「人」を思いやるシステムづくり。DXで切り拓く、新たな時代の福祉行政

2024/10/31 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 福祉業界に山積する介護認定調査員が抱える課題
  • 介護認定業務の効率化と質をDXで向上
  • 調査員のリテラシーや現場の状況など、多様なケースに寄り添った設計思想
「人」を思いやるシステムづくり。DXで切り拓く、新たな時代の福祉行政

2000年に導入された介護保険制度は、高齢化が進む中で介護を社会全体で支える仕組みとして大きな役割を果たしてきた。私たちは40歳から被保険者として介護保険に加入し、65歳を超えると介護や支援が必要な場合は要介護認定を受けることができる。しかし、加速する高齢化に伴い、要介護認定の申請件数は増加の一途をたどり、特に専門知識と経験が求められる訪問調査員の不足が深刻化している。この問題は、今後認定業務の円滑な進行を妨げるボトルネックとなることが予想される。 こうした課題に対し、東芝デジタルソリューションズ株式会社が開発した要介護認定支援システム「ALWAYS® V」は、DX(デジタルトランスフォーメーション)による解決を目指したソリューションである。2023年には、優れたユニバーサルデザインを評価する「IAUD国際デザイン賞」の医療・福祉部門で金賞を受賞。介護分野でもDXによる新たな時代の幕を開こうとしている。

深刻化する介護人材不足、そして逼迫する認定業務

介護保険制度が始まった当初、要介護(要支援)認定者数は約217万人だったが、2020年には約650万人と約3倍に増加している。さらに、2025年には団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となり、要介護認定者数はさらに増加すると見込まれている。しかし、介護を必要とする人の増加に対して、介護職員の増加は追いついていない。この問題は介護認定作業の現場でも同様である。
人員不足により、調査員一人当たりの業務量は増加し、介護保険制度の根幹をなす認定業務全体のスピード低下として顕在化している。申請から認定結果が出るまでの期間は本来30日以内とされているが、実際にはそれ以上かかるケースが少なくない。これにより、介護を必要とする申請者やその家族にとって、必要な介護サービスをタイムリーに受けられないという深刻な問題が発生している。

介護認定作業には、以下のような問題点も指摘されている。

  • 付随業務による負担
    訪問調査で聞いた内容を改めて特記事項等として清書したり、調査員のスケジュール調整、保健師などの業務管理者による調査内容の確認に手間がかかるなど、調査に伴う業務に時間がとられている。
  • 認定調査員の質のばらつき
    認定調査員が行う訪問調査は、調査員の質やスタイルの違いが認定結果に影響を与えることが問題視されている。経験豊富な調査員とそうでない調査員との間で、調査の深さや視点に違いが生じる可能性が懸念されている。
  • 認定基準の曖昧さと複雑さ
    介護認定の基準は厚生労働省が定めているが、その解釈や適用には複雑さが伴い、調査員ごとにばらつきが生じやすい。これにより、審査の公平性が損なわれる可能性が指摘されている。
  • 自治体間の格差
    介護認定業務は各自治体で行われるが、地域差や財政状況によって、業務の進め方や人員配置に格差が生じることがある。

「こうした社会課題にDXで取り組むために、2000年から『ALWAYS®』シリーズを提供しています」と語るのは、東芝デジタルソリューションズ株式会社でALWAYS®の開発を担当する宮武氏である。学生時代から、地域や自治体に貢献する仕事に興味を持っていたという。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 官公技術第三部 技術第一担当 スペシャリスト 宮武 拓登氏
東芝デジタルソリューションズ株式会社 官公技術第三部 技術第一担当 スペシャリスト 宮武 拓登氏

東芝デジタルソリューションズの福祉・保健行政ソリューション「ALWAYS®」シリーズは、自治体の高齢者福祉と保健医療分野でDX支援を行ってきた。2024年には、「要介護認定支援システムALWAYS® J」と「要介護認定訪問調査システムALWAYS® V」を新たにラインアップに加え、より質の高いソリューションの提供が始まる。

宮武氏は訪問調査員が携わる業務フローの実情について、こう続ける。
「高齢者の増加とともに要介護認定申請も増える一方、訪問調査員の人員不足は変わりません。どうにか業務効率化を図っていけないかということで自治体からお声掛け頂いたのが、今回のシステム開発の発端でした。実際にお話を聞いてみると、訪問調査の間はメモ取りに集中し、帰ってから清書、そして次の職場へ…といったように付帯作業によって手間がかかってしまっていることが分かりました

さらに補足するのは、同じくALWAYS®の販促を担当する営業の小林氏。入社30年以上の大ベテランだ。元は技術職だったが、お客様と接する仕事に魅力を感じ、現在は営業を担当しているという。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 官公営業第三部 営業第三担当 小林 一之氏
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 官公営業第三部 営業第三担当 スペシャリスト 小林 一之氏

調査員の方々は比較的高齢の方が多く、ITリテラシーにもばらつきがあります。ALWAYS® Vの開発では、彼らが長年培ってきた信念に基づく多様な調査スタイルを尊重しつつ、効率化を図ることが求められました」(小林氏)

多様な調査スタイルは、審査会の業務負担増加につながっている。迅速で公平な認定には、現場で取得される情報の標準化が必要である。タブレット端末を活用した調査業務と調査結果の確認作業の効率化、そして公平な審査の支援に注力したという。

これに対し宮武氏が付け加える。
「ただし、調査員の感じた情報を切り捨てた結果では意味がありません。また、複雑なインターフェースもスピード化の妨げとなります」(宮武氏)

ALWAYS® Vは、調査員の経験やリテラシーに依存しない支援機能を提供し、効率化を図るため、以下の機能を備えている。

  • タブレット端末による、紙とデジタルの両方の利点を生かした調査スタイルの提案
    画面上の調査項目に対して、選択肢へのチェックで対応するデジタルスタイルと、手書きの情報入力を併用できるインターフェースを採用。どちらの情報も、データとして送信されるため、調査員が感じた細かなニュアンスも、審査担当者に伝えることが可能となる。
  • 特記事項定型文機能による調査結果の確認作業の効率化と公平な審査の支援
    調査員の個性がもっとも強く出る特記事項に定型文を用意することで、調査員の感じた情報が、言葉の違いによって審査情報の差となることを抑制。調査員ごとの個性を加味して行われていた確認作業の負担も大幅に軽減される。
紙の調査票同様に、手書きの情報入力が可能
紙の調査票同様に、手書きの情報入力が可能

こうした調査業務の効率化は、調査員の業務負担軽減に貢献し、それによって福祉行政に関わる自治体の業務を効率化させ、ひいては介護保険制度を利用するすべての人に利益が還元されることにつながっていく。

効率化が「やさしさ」を生む。デザイン思考が生んだ、人に寄り添うインターフェース

ITリテラシーにばらつきのある調査員に向けたユーザーインターフェース設計のために、東芝のデザイン部門と協業を行ったことが、ALWAYS® Vの革新性を象徴する取り組みだったと、小林氏は語る。

デザインチームがシステムデザインをする上で最も大切にしていたことが、「使いやすさ」。最初に取り組んだのは、介護認定現場の声を徹底的に調査することだった。訪問調査員の業務内容、持ち物、さらには調査対象者とのやり取りに至るまで、詳細なヒアリングを実施することで、現場のニーズを余すところなく汲み取ることを目指した。

「今回のシステムは人と人が対面する場で使われるもの。使う人の年齢やITリテラシー、その場の状況などあらゆるケースに合わせた柔軟性が必要と考えました」(デザインチーム)

デザインチームと開発チームの共同作業は、ヒアリング、コンセプト設計、画面デザイン、プロトタイプ作成、検証といったすべての工程を共同で実施し、緊密な連携を通じて行われた。

「私たちはまずシステム化できるかどうか、の目線で考えがちですが、デザインチームは、『使う人の目線』を徹底的に追求して検討します。だから、時に技術的に難しく、我々が無意識に避けるような提案も行われました。でも、なぜこれが必要なのか、背景を含めて丁寧に説明してくれたので、それが新たな発見となり、良い製品につながる。彼らと共同作業ができて、本当に良かったと思います」(宮武氏)

取材中、質問に答える宮武氏。
取材中、質問に答える宮武氏。

さらに、開発の渦中ではこんな出来事もあったと小林氏は言う。

「デザインチームにインターンシップに来ていた学生も提案をしてくれました。それは、個人のニーズに応じたカスタマイズを中心とした仕様で、デジタルネイティブ世代ならではの発想。非常に斬新でしたね。これからの理想のアイデアの一つとして、彼らを頼もしく感じました。このように様々な世代による議論が活発化していたおかげで、良いインターフェースに仕上がったと思います」(小林氏)

高齢化社会の中で開発したALWAYS®。業務効率化のために始まった開発だが、「システム」の考え方は人と人をよりつなぐためのものだと、デザインチームは語る。

「システムは効率化のためにあるものですが、関わるのは人。システムの本質的な役割は、『人がやらなければいけない部分を大切にするためのもの』と考えています。今回のケースも、調査員の方に心の精神的な余裕がないと、調査を受ける側も不安だろう、という想像から、システムを検討しました。システムがサポートすることによって生まれた時間的余裕が調査員さんの心の余裕を生むことになり、その心の余裕が調査に少しでも丁寧に取り組む余裕になればいいなというふうに思いました。それがひいては調査の関係者、そして申請者のご家族の安心感につながれば」

利用者、提供者、それぞれの人に想いを巡らせたデザインをすることで、社会全体に「うれしさ」を生み出し、豊かにする、ALWAYS® Vが目指すイメージ。このような「うれしさの循環®」を創り上げることが東芝デザイン部門のデザインフィロソフィーだ。
利用者、提供者、それぞれの人に想いを巡らせたデザインをすることで、社会全体に「うれしさ」を生み出し、豊かにする、ALWAYS® Vが目指すイメージ。このような「うれしさの循環®」を創り上げることが東芝デザイン部門のデザインフィロソフィーだ。

ALWAYS®で目指す福祉行政の未来

介護認定業務の現場を改善したいという熱い想いから始まった、ALWAYS® Vの開発。宮武氏は「関係者の声を聞き、課題の本質を理解することで、役立つシステムを開発できました」と語る。

だが、チームの挑戦はまだ続く。ALWAYS®は、これからも進化を続けていくという。今後は、音声入力機能の追加や、申請者の視点に立った機能開発など、さらなる改善に取り組んでいくと意気込む。
そして、ALWAYS®Vを中核とした包括的な介護認定ソリューションの提供を通じて、介護認定業務全体のデジタル化を推進し、高齢化社会が抱える課題の解決に貢献していきたいと語る。

東芝デジタルソリューションズがALWAYS®で目指すのは、申請者、調査員、自治体の業務支援を通じて、高齢者が尊厳を保ちながら安心して暮らせる社会を実現すること。このシステムによって、人にしかできないことにさらに集中できるようになれば」と、小林氏は思いを綴った。今後このシステムが、福祉に関わるあらゆる人に「やさしさ」をもたらす存在になれば、幸いだ。

談笑する宮武氏(左)と小林氏(右)
談笑する宮武氏(左)と小林氏(右)

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