新しい未来を始動させるAI技術者たち(1) ~価値につながるAIは、使う人の声から生まれる(前編)~
2020/11/13 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 宇宙物理学とAIで共通していたのは、意味のあるデータの発掘と説明
- 仮説に基づく徹底した現地調査、信頼関係が生み出した解決策
- 現場に求められ、活用されているAI、その先の好循環と挑戦
人工知能(Artificial Intelligence:AI)に関して、東芝は50年以上の研究と、特許出願件数で世界3位、日本1位という実績※1を誇る。その実績を支える技術者たちは、宇宙物理学、数学など多様な専攻を背景に、入社後にAI技術・知識を身に付け、社会に貢献する価値を生んでいる。このシリーズでは、そんなAI技術者たちのキャリア、研究、考え方などを紹介する。
莫大な量のデータを整理して、分析することで人間にとって意味のある可能性を導き出す。AIの作動をこんな風にとらえている方は多いだろう。これも確かにAIによって実現される機能の一つに違いない。
そんなAIと比較されることの多い、熟練の技術者のもつ「匠の技」がある。製造現場での豊富な経験に裏打ちされた確かな技術は、膨大なデータから答えを効率的に探り当てるAIと組み合わさることで、さらなる価値創造につながる。匠の技から新たな価値が生まれるために、どのようにAIが活用されているのか、一人の研究員に迫った。
※1 世界知的所有権機関(WIPO)発行「WIPOテクノロジートレンド2019」
宇宙物理学からAIへ
東芝のAI技術を名実ともに牽引する研究開発センターで、アナリティクスAIラボラトリーに所属する上席研究員の中田氏の学生時代の専攻は、地球物理惑星科学だった。
「太陽フレアの地球磁気圏への影響、いわゆる宇宙天気について研究していました」
株式会社東芝 研究開発センター アナリティクスAIラボラトリー 上席研究員 中田康太氏
太陽フレアとは、太陽における爆発現象であり、それによりX線やガンマ線のほか、高エネルギー荷電粒子が発生する。これらが地球に飛来することで地球磁気圏が変化し、オーロラの見え方が変わったり、過去には大規模な停電や人工衛星の故障が起こったりしている。このため、太陽フレアを観測し、人間の活動への影響を予測する「宇宙天気予報」は非常に重要な情報なのだ。
宇宙天気予報という壮大なスケールの研究を行っていた中田氏に、畑違いにも思える東芝への入社を選択した理由を聞いた。
「大学院時代に、東芝のリクルーターの方から紹介してもらった研究に興味を持ちました。それは、いわゆるAIによる人間系のデータ分析だったんです。膨大なデータ分析から価値を生み出す仕事を身近に感じ、取り組んでみたいと考えました」
「人間系」とは、少し聞き慣れない言葉だが、AIの分野でよく使われるという。それは、様々な現象データの中でも、特に人間が行った作業や書き言葉などを指す。
宇宙天気についての研究をしていた中田氏は、もちろんAIについて専門に学んでいたわけではない。そのため、中田氏のAIについての知識は、ほとんどが東芝入社後の業務の中で得たものだという。
「最初の仕事は、顧客から集められる営業担当者について評価するアンケート結果を自動分類し、要望や苦情などの兆候を抽出することでした」
データ分析の先にある納得を見据える
顧客全体でのアンケート回答数は膨大になる。さらに、回答は「はい」か「いいえ」や、数値だけの定量的な回答ではなく「特に不満はないが、もう少し提案を増やしてほしい」といった定性的な回答も含まれている。
「統計的に、Aという回答がBより多いという単なる集計ではなく、求められたのは次のアクションにつながる情報の原石をつかむことでした。データが多いということは、ある種類の回答が苦情に変化する傾向などそれだけ見えてくるものが多く、AIによる分析が力を発揮します。その技術がデータマイニングです」
このデータマイニングは、AIのもっとも重要な領域の一つだと中田氏は語る。そして、単に分析するだけではなく、その結果の意味合いを関係者に適切に理解してもらうための説明も重要だと強調する。
「人工衛星が取得する磁場のデータというのは、一般の方はおろか宇宙物理学の研究者同士であっても、関心のある分野でなければただの数字の羅列にしか見えません。そのデータから意味のある答えを見つけ出し、『だからこうなる』という説明ができなければいけません」
太陽フレアの発生が地球の磁場を変化させたことを観測データからつかみ、高エネルギー荷電粒子などの飛来を確認することに加えて、その影響による地上での停電などを予測できる可能性まで説明する。その説明に聞き手が納得することで、はじめて観測データの分析は意味を持つ。
「宇宙天気予報と同じように、集められたデータの中に隠された価値を掘り出し、関係者に意義を感じ、納得してもらうまでがデータマイニングの目的であり、AI分析に取り組むときに外してはいけない一歩です」
匠の技を支え、加速するAIを作り出せ
このデータマイニングに10年以上にわたり携わり、AIによる音声認識の言語モデルも研究した中田氏に、2014年、新たなAI活用による課題解決の機会が与えられる。
「最初は、ある半導体工場の製造過程で、AIを使って何かできないかという依頼でした」
東芝入社後10年以上経過していたが、中田氏にとっては初めての工場作業員と連携する仕事であった。
「『郷に入っては郷に従う』という気持ちでした。現場の声は、どんなに小さなものでも正確にたくさん集めることで、適切な仮説設定と、そこから正しい答えを導き出すことができると考えていました。これは入社時に携わった全社アンケートから学んだことでした」
中田氏は、工場の現場で働く人たちとの信頼関係を築くことを第一に、研究を進めていった。そして、2年の歳月をかけたプロジェクトが評価され、2016年度人工知能学会現場イノベーション賞・金賞を受賞することとなった。
具体的な成果の一つとして、「歩留新聞」がある。これは、大量のデータから、半導体のどの箇所に不良があるか、その発生傾向、不良品を生んでいると思われる装置を一覧できるシステムである。半導体工場で実現したことは、ベテラン技術者の代わりができるAIを作ることだったという。結果的に、中田氏が実現したAIは、ベテラン技術者の右手となり、彼らの力をより強くする道具となった。これまで匠の技術者が解析していたことの一部をAI自動化することにより効率化や品質改善が進むと同時に、人は人にしかできない仕事に集中できるようになったのだ。
機械学習・データマイニング技術で不良の発生状況を可視化し、不良原因装置を網羅的に推定する歩留解析支援システム「歩留新聞」
関連サイト:四日市工場における半導体生産性改善の概要
https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/17/1706-04.html
その後、1つの工場から始まった半導体生産性改善の取り組みは、今や東芝グループの半導体製造の約80%を監視するに至っている。そして、中田氏が現在手掛けるのは、半導体製造で発生する不良を早期に発見するAI技術である。
「半導体の生産性改善では比較的限られた種類のビッグデータから答えを導くために、AIを活用していました。今度は、同じ半導体とはいえ、少量多品種ゆえに多岐にわたる不良箇所のデータへ適用できるAIを作りたいと考えました」
データ量が限られる半導体の不良箇所を発見するAIは、どのように生まれたのか。この難問に対する中田氏の発想、取り組みについて「新しい未来を始動させるAI技術者たち(1) ~価値につながるAIは、使う人の声から生まれる(後編)~」で紹介する。