さっきまで晴れていたと思ったら急に雨雲に覆われ、しばらくは外も歩けないほどの豪雨に見舞われる。そんな経験をしたことはないだろうか。
近年、局地的に大量の雨が降るゲリラ豪雨の多発により、各地で大きな被害がもたらされている。土砂災害や河川の氾濫による床下浸水、最悪の場合は、家が濁流に飲み込まれてしまうというような人命に関わる重大な災害につながるケースもある。
都市部では交通機関への影響が出ることも多々あり、会社へ行くことが出来なかったり、重要な打ち合わせに遅れてしまったり、という経験をした人もいるだろう。
このような被害や悪影響を食い止めるには、事前にゲリラ豪雨の予兆を把握することが重要だ。しかし、ゲリラ豪雨は、局地的に、しかも急速に発達する積乱雲によって引き起こされるため、これまで予測が難しいとされてきた。
大阪大学に設置されたフェーズドアレイレーダ
左から順に、フェーズドアレイアンテナ、レーダ処理装置(データ処理・監視制御・表示)、レーダ制御装置(駆動制御・分電盤)
東芝では、2015年7月より、大阪府及び大阪大学の研究グループと共同で、今まで予測困難だったゲリラ豪雨の予兆をつかみ、防災対策に役立てるための実証実験を開始した。実験は情報通信研究機構(NICT)などの協力のもと行われたが、その中心となるのが、NICT、大阪大学と東芝の3者が共同で開発し、2012年に同大学に設置したフェーズドアレイ気象レーダだ。今回はゲリラ豪雨の予測精度を高めたフェーズドアレイ気象レーダの真価に迫った。
大阪大学、牛尾准教授が“ゲリラ豪雨の卵”を事前にキャッチするフェーズドアレイ気象レーダーを分かりやすく解説。
この動画は2016年3月15日に公開されたものです。
分単位の戦いとなるゲリラ豪雨の予測
ゲリラ豪雨のような局地的・短時間の気象現象は積乱雲によってもたらされる。積乱雲は、大気の状態が不安定なときに上昇気流によって雲の卵ができ、それが大きく、強く発達して形成される。発達が進むと、雲の中心部には「降水コア」と呼ばれる雨滴の巨大な塊が完成する。ゲリラ豪雨は、その雨滴の塊が落下することで、地上で大雨となるものである。
積乱雲の卵ができてから、豪雨を地上に降らせるまではわずか10分程度しかないケースが多い。これまでの気象レーダでは、「パラボラアンテナ」と呼ばれるおわん状のアンテナを使って雨雲を観測していたが、このタイプのレーダでは一方向の狭い領域にしか電波を送受信できない(ペンシルビーム)ことから、正確な観測をするには仰角(アンテナの上下方向の角度)を変えながら20回程度回転させる必要があった。この工程で少なくとも5分程度はかかるため、仮に積乱雲を捉えたとしても、ゲリラ豪雨対策の初動が遅れてしまうことが多かった。
パラボラ型気象レーダとフェーズドアレイ気象レーダの比較
一方、フェーズドアレイ気象レーダでは、128本のアンテナを縦に並べてあり、このアンテナによって地上から上空までほぼ同時に電波の送受信が可能になる(ファンビーム)。アンテナを上下方向に動かす必要が無くなり、1回転させるだけで半径60km、高さ15kmほどの空間の中にある雲の発達や動きを精細かつ立体的に観測できる。これにより、観測時間も10~30秒と、パラボラアンテナのシステムと比べ1/30~1/10に短縮することに成功した。
これにより、豪雨が降りだす約5分前までには上空にある雨滴の塊を観測できるようになり、事前にさまざまな安全対策を打ち出すことが可能となった。
例えば、積乱雲の発達が逐次分かるので、雨滴の塊が上空にとどまっている段階で雨の降りそうな地域に注意喚起をすれば住民の避難誘導に役立てることができる。また、自治体が管理する下水道のポンプ場の運用等に対しては、豪雨になる前に予測できることで、降水が始まる前にポンプを動かして洪水を未然に防ぐこともできるようになる。
フェーズドアレイ気象レーダの更なる技術進化
屋上等に設置したレーダで積乱雲をキャッチする様子。10~30秒ごとに空間的に抜けのない3次元観測が可能(降水強度、ドップラー強度)
このフェーズドアレイ気象レーダにもまだ課題はある。例えば、レーダ観測の際に、大気中に雨滴が多く存在するほど受信できる電波は強くなり、雨の強さがわかるようになるが、雨滴の大きさや形によっても受信する電波の強さに影響が出るため、豪雨現象全体の強度算出に誤差が出てしまうことがある。それを改善するため、雨滴の大きさや形がわかる「マルチパラメータ観測」という機能の実装が次世代のフェーズドアレイ気象レーダには期待されている。
先に紹介した、2015年7月から実施している実証実験では、積乱雲の発生過程の詳細な3次元構造を最大30秒間隔で高精度に観測できるフェーズドアレイ気象レーダと、降雨量を正確に観測できるマルチパラメータレーダのデータを併せて解析し、ゲリラ豪雨の発生を事前に大阪府の水防本部などに設置されたシステムへメールで配信すると共に、パトランプの点灯で通知する試みが大阪府内10ヶ所で実施されている。これが実用化できれば、事前に雨の降り出しの時間や雨の強さまでもがより精度よく把握できるようになり、一層の防災効果がもたらされることになるだろう。
「フェーズドアレイ気象レーダ」の3Dレーダ解析シミュレーション。
この動画は2016年3月7日に公開されたものです。
気象防災ソリューションを新興国に展開
ゲリラ豪雨を始めとする異常気象現象は世界的な広がりを見せている。このような気象現象を正確に観測し、それに基づく確度の高い予測を行って市民生活を守るというニーズに対して、東芝では2018年をめどに次世代フェーズドアレイ気象レーダを中軸とした、自治体などへの情報提供システムを構築していく方針だ。またそれを応用した、幅広い気象防災ソリューションを国内、海外で提供、販売していく予定である。
特に、新興国では国土全体をカバーする広域レーダ網が整いつつあるが、広範囲を観測するためのレーダでは観測データの精度が多少悪くなる。そこで、ゲリラ豪雨が起こると人的・社会的に大きな被害を起こしやすい場所を優先して、フェーズドアレイ気象レーダを中心とした防災ソリューションを展開すれば、その地域の精密かつ高速な降雨観測が可能になり、防災・減災に繋がる対策を行うことが可能になる。
実際に2014年にはその第一歩として、インド気象庁から「気象レーダ」の受注をしており、東芝の気象観測・予測技術に対する国内外の評価は高まりはじめている。
従来のシステムに比べて観測周期が大きく短縮され、ゲリラ豪雨をもたらす可能性のある積乱雲をいち早く見つけ出すという新たな世界を切り開いたフェーズドアレイ気象レーダが、今後は日本だけではなく、世界の気象災害の被害軽減の実現に向け、一翼を担っていく。