オープンイノベーション最前線(後編) データ技術の“民主化”へ
2021/06/07 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 今ある技術を、確実に社会実装させることの難しさ
- マッチングだけではない、東芝のオープンイノベーション
- 技術を視点移動、文脈転換で捉える本当の価値とは?
東芝のオープンイノベーション企画「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM」(以下、TOIP)によって実現した、東芝デジタルソリューションズ株式会社と株式会社DATAFLUCTの協業。大企業と気鋭のスタートアップがコラボレーションする過程には、様々な発見や学び、そして成果があった。
DATAFLUCT代表取締役の久米村氏は、今回の共創について「東芝の強い製品力やスケールメリットを借りることで、私たち単体ではできなかった新しい価値を提供できる。大企業とスタートアップが組むとこんなことができるんだという、面白い事例を作っていく」と力強く語る。
東芝とDATAFLUCTの組み合わせで起きたこと、そこから何が生み出され、社会がどう変わろうとしているのかを探ってみたい。
技術を“包み込む”、そして社会実装へ
今回の共創で、DATAFLUCT CTO(Chief Technology Officer)として前線に立った原田氏は、自分たちの会社のこと、そして東芝との連携について次のように語った。
「DATAFLUCTの特徴は、技術を“包み込む”ことができる点にあります。言葉を変えれば、私たちは特許のあるアルゴリズムを次々に開発するのではなく、優れた技術を手軽に活用し、データ分析に生かすのが得意です。つまり、そのままでは活用が進まない技術を民主化して、より広範囲のユーザーに届けられると自負しています。社会は今、データ活用に積極的なので、最初の製品として選んでもらえるソリューションを作りたいですね。それが、様々な社会課題の解決に通じると思います」(原田氏)
株式会社DATAFLUCT CTO 原田 一樹氏
世の中で活用しきれていない有用な技術は、まだまだ多い。東芝のように多様な領域で技術を磨いた大企業なら、なおさらだ。そうした技術を違った視点や文脈で捉えることで、新しい価値が生まれる。今回、東芝とDATAFLUCTが組むことの意味も、まさにここにある。
新結合、視点移動、文脈転換を通じた価値創造※
※米山茂美「リ・イノベーション 視点転換の経営 知識・資源の再起動」(2020, 日本経済新聞出版)
「今回協業させていただく東芝の高機能データベースGridDBに関しても、かなり高度な機能であるがゆえに、小規模な案件だと対応しにくい問題がありました。そこでスモールスタートな事業に精通するDATAFLUCTの知見が大いに生かせるはずで、東芝からすると従来とは異なるアプローチに繋がるのではないかと感じます」(DATAFLUCT代表取締役 久米村氏)
株式会社DATAFLUCT 代表取締役 久米村 隼人氏
たとえばコンビニやスーパーなど多店舗展開する事業モデルに、1店舗ごとにAIが実装できるようになれば、流通はがらりと変わる。コンビニと一口に言っても、立地によって求められる品目や数量は変わる。また、梅雨の時期には傘が売れるように、気候に左右される部分も大きいだろう。さらには、周辺施設で催事があれば、通常とは異なる客層が来店することにもなる。
こうした複雑なニーズの予測を、人が経験則に基づいて行なうのは困難で、どうしても商品ロスが生じることになり、フードロスなどの社会問題に繋がる。TOIPによって生まれた東芝とDATAFLUCTの共創は、まずこうしたスモールな場面でのAI活用に挑戦することになるという。
簡単、短時間に店舗ごとの「来客数予測」や「消費者の購買行動分析」を可能にするソリューション
※GridDB: 東芝のビッグデータ・IoT向けデータベースソフトウェア、ペタバイト級の処理能力と、柔軟な拡張性などを備える
※AutoML: DATAFLUCTの人工知能の機械学習モデル構築を自動化するツール
TOIP事務局によるマッチング後のサポート
読みにくいニーズをAIで予測する。これは構図としてはシンプルであるが、実現に至るまでには多くの障壁が存在した。TOIPプログラム事務局の相澤氏は次のように語る。
「本音を言えば、2020年のTOIPの中でも、GridDBが最大の心配事でした。というのも、GridDBの高すぎる性能に対して、これまでの東芝にない視点から活用機会を見出すことは、簡単なことではないからです。しかし、この高いハードルをクリアして、社会に実装できる形をうまく見つけられるパートナーが見つかったことは、運営サイドとしてもまさしく冥利に尽きます」(相澤氏)
株式会社東芝 CPS×デザイン部 CPS戦略室 参事 相澤 宏行氏
また、GridDBの事業開発チームを率いる望月氏も次のような言葉で手応えを表現する。
「今回こうして、小売業にスポットをあててAI実装を目指すことは、あくまで1つの段階に過ぎません。GridDBによるデータの有効活用によってコンビニへのAI実装が進むことで、売り上げやニーズの予想が自動化できるほか、常連顧客へのレコメンドなど様々なメリットが生まれます。こうした恩恵は、次の社会実装に向けた第一歩です」
「実際問題として、こうしたデータ活用、AI導入を待ち望んでいる業界は数多く存在しているはずで、この先はそうした領域をどんどん見つけていかなければなりません。その意味で今回、仮説検証のためのインタビューを重ねたことも、我々としては新鮮な手法でした」(望月氏)
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
新規事業開発部 シニアエキスパート 望月 進一郎氏
製造や流通など、複数の業界の識者を訪ねて、その業界固有の事情をヒアリングする。それによって、これまで詳細には知り得なかった各業界の実態や課題を把握することができたと望月氏は言葉に力を込める。これは運営サイドのサポートによって実現した取り組みで、東芝とスタートアップをただ組み合わせるだけにとどまらない、TOIPならではの体制だ。
「共創期間中はメンタリングの機会を複数設けて、できる限りのバックアップを行なう体制を整えています。やはり、いざ議論を進めてから初めて直面する課題は、少なくないと思います。我々としては、マッチングをできるかぎり有意義なものにするため、サポートは惜しみません」(相澤氏)
そうしたヒアリングの機会を経て、現時点ではAIの実装に不向きな業界が発見されることもあったという。最終的に東芝とDATAFLUCTの両社が、まず小売業に白羽の矢を立てたのも、こうした地道な裏付けの上にあるのだ。
社内外との連携で、新たな価値の創造を目指す
2020年にスタートを切り、第2回の取り組みを始めたTOIP。伝統的な大企業とスタートアップの掛け合わせが、多くの可能性を生むことが証明された今、今後どのような組み合わせが誕生し、どのような価値が社会に提供されるのか、興味は尽きない。
「事務局としても、そこは大いに楽しみにしています。ただ、すべての技術がオープンイノベーションにすんなりはまる訳ではなく、コラボレーションが難しいケースもあるでしょう。しかしながら、そうしたハードルを乗り越え、東芝の技術の粋を生かすアイデアや知見を持ったパートナーとの出会いに、今後も期待しています」(相澤氏)
望月氏は今回の共創について、アジャイルなDATAFLUCTの動きに東芝が伴走することは、ビジネス拡大へ視野を拓く意味でも大きなメリットがあると強調する。
「GridDBをデータベースソフトウェアとして捉える我々からすると、DATAFLUCTのような運用に近い、アプリケーション側の視点を持つパートナーの視点や得意な文脈は非常に重要です。GridDBをビジネス基盤や土台と見るような単独の視点や、社会インフラ関連という文脈のみから考えることで、他のビジネスの芽を自ら摘み取ってしまう面があったのは否定できないですからね」(望月氏)
これはアプリケーション側の人材とコラボレーションして、初めて気づいた視点だという。そしてその気付きは、さらなる発見を生んでいる。すなわち、今回はTOIPという枠組みにより、外部のスタートアップといい形での連携が叶ったが、共創の形はこの限りではない。東芝グループを見渡せば、GridDBのさらなる活用に繋がる技術や製品・ソリューションが、きっとまだまだたくさんあるはず。この先は東芝グループ内でのコラボレーションで生まれるものに、大きな期待がかかる。
そんな視野の広がりを得る機会になったことも、TOIPという取り組みの見逃せない価値だろう。今後も社内外の技術、知見、リソースを有効に活用し、次の社会に役立つソリューション開発が続いていくはずだ。
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※Proof of Concept:概念検証
※本取材・撮影は、感染対策を実施の上で、緊急事態宣言の期間外に実施しました。
関連サイト
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