偶然を必然に変える風土で、技術者が描く「共創」のあり方

2021/07/16 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • コラーゲン・ナノファイバーシートが、新たな形で医療へ貢献!?
  • 偶然から生まれたブレイクスルー、「毛管力」で強度300倍以上!
  • 技術をつきつめ、高度化させ、広げていく技術者の矜持とは?
偶然を必然に変える風土で、技術者が描く「共創」のあり方

日本人の死因1位のがんにより、年間約30万人が亡くなり※1、世界では死亡者数が約1,000万人に上る※2。がん医療の最前線では早期発見と共に、一人ひとりの特性に合ったきめ細かい治療が求められている。また、失われた組織を再生する「再生医療」にも注目が集まっており、さまざまなアプローチで研究が進む。

※1 人口動態統計月報年計(概数)の概況:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai19/dl/gaikyouR1.pdf
※2 世界保健機関のFact sheets:https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/cancer

東芝はエレクトロ・スピニング法(ES法)という、電気の力でナノファイバー(10億分の1mサイズの極細繊維)を形成する技術を開発し、医療分野への応用を目指している。ES法とコラーゲンをマッチングさせる研究は「ナノ世界から医療を支える ― 電池から始まった極細繊維の可能性」で紹介したが、本記事では未踏の医療分野へ歩みを進めるチームの思いに焦点を当てる。開発をリードした東芝 生産技術センターの徳野氏、内田氏が語る、ナノファイバー×医療の未来図とは。

 

株式会社東芝 生産技術センター 製造プロセス・検査技術領域 材料・デバイスプロセス技術研究部 スペシャリスト 徳野 陽子氏 スペシャリスト 内田 健哉氏

株式会社東芝 生産技術センター 製造プロセス・検査技術領域 材料・デバイスプロセス技術研究部
スペシャリスト 徳野 陽子氏 スペシャリスト 内田 健哉氏

工業製品から医療へ、ナノファイバーの可能性を広げていく

身体を構成する細胞の周りには、コラーゲンを主成分とする構造体「細胞外マトリックス」が存在する。傷口の治療や再生医療では、細胞外マトリックスを再現するための足場が必要だ。そこで用いられるのが、細胞外マトリックスを模して作られるコラーゲン・ナノファイバーシート(以下 コラーゲンシート)である。

 

このような医療材料はかねてから研究が進められてきたが、東芝は強度を高めて使いやすくしたり、がん診断デバイスと組み合わせたりと、実用性の高いコラーゲンシートを生み出そうとしている。一枚のシートから広がる可能性について、プロジェクトに携わる内田氏に聞いた。

 

「ナノファイバーは、2012年頃からリチウムイオン二次電池SCiB™への活用が構想されました。正極と負極を隔てる絶縁性セパレーターにナノファイバーを使い、薄膜・多孔質化によって15%※3の出力向上を実現しています。医療分野でも早くからアイデアが出ており、2014年からプロジェクトが始動しました。当時、東芝グループ内に医療機器事業があり、ナノファイバーを医療に応用するのは、ごく自然な展開だったのです」(内田氏)

※3 数値は、高入出力タイプの10Ahセルに適用した場合の設計上の推定値です。適用する製品により異なります。

 

こうして始まったのが、ES法によるコラーゲンシートの開発だ。ターゲットは、早期がん診断に貢献する「がん診断デバイス」、そして再生医療等に活用される「医療材料」としての移植用シートである。熱を使わないES法は、常温でコラーゲンをナノファイバー化できるなど、生体への適合性を生かしたコラーゲンシートが出来るのだ。

 

がん細胞を生きたまま観察可能にする「がん診断デバイス」と 高強度かつ炎症を抑制した「医療材料」としての移植用シート

がん細胞を生きたまま観察可能にする「がん診断デバイス」と
高強度かつ炎症を抑制した「医療材料」としての移植用シート

2つのシートに対して、積極的な共創が試みられた。がん診断デバイスでは、東芝 研究開発センターのバイオ技術開発のグループと共同で開発を進め、顕微観察技術に強みを持つIDDK社とも連携。移植用シートでは、東京医科歯科大学と手を組み、生体材料を研究する岸田研究室と産学連携を進めている。移植用シートのプロジェクトをリードする徳野氏と、東京医科歯科大学 岸田教授が、プロジェクトが始動した当時を振り返る。

 

「岸田教授、木村准教授に ES法によるコラーゲンシート形成に強く興味を持っていただき、医療現場で活用する可能性を見出してもらいました。その見通しは私たちの大きな励みになり、精力的に技術を開発できました。それもあって、コラーゲンシートの強度を上げる難題に取り組めたのです」(徳野氏)

 

「私たちの身体組織を構成しているのは、コラーゲンです。そんな親和性のある素材をうまく使えば、工業的に大量生産できる生体材料が視野に入ります。医療現場に近い私たちと、技術に明るい徳野さんの連携は、医療に貢献できる新しい材料を実現するでしょう。今、大きな期待を持ってプロジェクトを進めています」(岸田晶夫教授)

 

東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生体機能修復研究部門 物資医工学分野 教授 岸田 晶夫氏

東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生体機能修復研究部門 物資医工学分野 教授 岸田 晶夫氏

古今東西の「発明」と同じく、偶然がもたらしたブレイクスルー

東京医科歯科大学との連携を通して、徳野氏らは開発当初の思いを再確認した。それは自分たちの技術が社会に実装されれば、人々の困りごとの解決に貢献できるという期待だ再生医療における移植用シートについて、徳野氏は次のように語る。

 

「再生医療で細胞や組織を移植する過程で、適切でない人工材料を体内に埋め込むと炎症が起こり、傷の治りが遅くなってしまいます。移植した細胞や組織の定着も進みづらくなります。再生医療が普及していく上で、これらの問題が障壁になるでしょう。岸田研究室とのやり取りを通して、従来材料には足りない炎症の起こりにくさなど、医療に求められる機能をコラーゲンシートが発揮できるのではないか、と感じています」(徳野氏)

 

徳野氏

 

がん診断デバイスも同様だ。体内にあるがん細胞は体外に出すと死滅しやすく、そのままでは特性を把握するのが困難になる。がん細胞の増殖しやすさ、浸潤しやすさなどの特性を的確に掴むためには、生きたまま観察する必要がある。がん細胞をコラーゲンシートに接着させれば、生きたままイメージセンサーで観察でき、乳がんなどで適切な治療法を選択できるようになる。がん治療の向上に対して、東芝の技術が役に立ちうるのだ。

 

開発に際しては超えるべき壁があった。それは強度を高めることだ。コラーゲンシートは、ナノファイバーを一方向に配列して作る層を、交互に何枚も重ねてできている。しかし、ナノファイバーどうしの連結は弱く、水を含んだり張力がかかったりすれば簡単に崩れてしまう。薬液や熱で処理して強度を高める方法はあるが、医療材料には好ましくない。徳野氏は試行錯誤を重ね、毛管力(毛細管現象として知られる力)※4の応用で、未処理の場合より300倍以上もの強度アップに成功した。

※4 細い管状物体(毛細管)の内側の液体が、表面張力によって管の中を上昇・下降する現象

 

「ある時、滅菌目的でアルコールに浸したら、なぜか分かりませんが強度の高いシートができたんです。何だろう? と考えてたどり着いたのが毛管力でした。これは、半導体の製造プロセスに見られる不良現象『パターン倒壊』と同じものでした。私たちは、プロセス技術研究部という組織名の通り、モノづくりのプロセスを研究してきたプロです。現象の背景にある要因を解明し、ナノファイバーを高強度で密着させる技術を、再現性のある形で見出せました」(徳野氏)

 

かつて、抗菌物質ペニシリンを開発したフレミングは、ブドウ球菌を培養するシャーレにアオカビが混入し、その周囲で菌の繁殖が抑制された現象を見逃さなかった。このように多くの発明は偶然から生まれたが、その偶然を活かせたのは、プロセスを研究し、仕組みの解明を重んじる風土があったからだ。共同研究で東芝に伴走する東京医科歯科大学 木村准教授も、東芝の姿勢を高く評価する。

 

「最初、『(この研究は掴み所がない)沼だ…』と感じたのですが、生体材料を手がける私たちでも予想のつかない方向から解決策が出てきた。これには驚かされました。共同研究では、私たち大学と企業で成果を得るまでの時間軸にギャップを感じることがありますが、東芝のチームは実に粘り強く、腰を据えて研究に取り組んでいます」(木村剛准教授)

 

東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生体機能修復研究部門 物資医工学分野 准教授 木村 剛氏

東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生体機能修復研究部門 物資医工学分野 准教授 木村 剛氏

知的興奮を基に技術を高度化し、広く伝えていく

徳野氏は大学で高分子工学を研究し、その専門性を生かしてES法の向上に努めてきた。技術者としての原風景は、未知の世界に触れる知的興奮にある。

 

「再生医療の世界は難解ですが、あらためて生物学などを復習すると、こんなに面白かったのか! と楽しさを見出している自分がいます。人体の仕組み、構造には興味がつきません。研究に取り組むたびに新たな発見があり、いつも新鮮な気持ちで進められるのは喜びですね」(徳野氏)

 

徳野氏、内田氏は、2020年5月から、日本再生医療学会で研究成果を発表し、医師たちの意見を広く取り入れる段階に入っている。つまり、社内外の関係者と連携を深めてデータを蓄積し、実用化に向けた検証を進めていくフェーズなのだ。

 

生産技術センターのミッションは技術を高度化し、東芝が関わる領域に広く行き渡らせることです。ナノファイバー技術についても、今ある製品の価値を極めることはもちろんですが、技術そのものを突き詰め、高度化していくことも重要です。製品展開と並行して、技術の力も高め続けることが大切です」(内田氏)

 

内田氏と徳野氏

 

「私たちのような高分子材料の技術者と医療系大学が組んで開発を進めるのは、一見すると珍しいかもしれません。しかし、東芝 生産技術センターはもともと機械系、材料系や電子系など、多様な領域とのクロスファンクショナル・チームで研究開発を進め、発見を必然に変えていく風土があります。私もそのやり方を好み、意欲を燃やす一人です。今後も面白さ、楽しさを見出しながら開発に臨んでいきます」(徳野氏)

 

※本取材・撮影は、感染対策を実施の上で実施しました

関連サイト

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材料・デバイスプロセス技術 | 生産技術センター | 東芝

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