モーターには希少資源が使われていた!? 忘れられた磁石リバイバルへの挑戦

2017/07/26 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • なぜモーター用磁石には希少な重希土類が欠かせないのか?
  • 重希土類フリー磁石のウィークポイントを克服するために
  • 開発者が受賞した産業界で大注目の賞とは?
モーターには希少資源が使われていた!? 忘れられた磁石リバイバルへの挑戦

ネオジム磁石のウィークポイント解消に向け、走り出した開発陣

今後、さらなる需要が見込まれる風力発電や電気自動車、ハイブリッド車――これらのモーター用磁石には、世界的に極めて貴重な資源とされる重希土類が使われているのをご存じだろうか。

 

こうしたモーターに一般的に用いられているのは、最も磁力が強い永久磁石として知られる「ネオジム磁石」。磁力が大きければ大きいほどモーターには大きな回転力が得られ、小型化と高効率化が可能になる。環境を考えた社会を目指していくためには、モーターに使われる永久磁石のさらなる強化、効率性向上が欠かせないのだ。

 

しかし、そんなネオジム磁石は極めて熱に弱いのがウィークポイント。このため、高温時の出力低下を防ぐべく、「ジスプロシウム」「テルビウム」といった重希土類を用いた耐熱型ネオジム磁石が採用されてきた。

 

ただ、この耐熱型ネオジム磁石にも供給が不安定というリスクがある。重希土類の鉱山は特定の国・地域に集中。このため、その国や地域の政治情勢によっては調達が難しくなったり、市況が乱高下しやすくなったりするという問題を抱えているのだ。

 

安心・安全で環境に配慮した社会を支えるためには、耐熱性を保持しつつ供給が安定しているモーター用磁石が待望される。そこで東芝と東芝マテリアルが開発したのが、サマリウムコバルト磁石(SmCo磁石)を用いた耐熱モーター用磁石だ。しかし研究当初、SmCo磁石をモーターに適用するのは困難だったと、長年モーター用磁石の研究・開発に従事してきた株式会社東芝 研究開発センターの桜田新哉氏は語る。

株式会社東芝 研究開発センター 桜田新哉氏

「SmCo磁石は磁力ではネオジム磁石に一歩譲ります。そのため現在、一部の用途でほそぼそと使われるのみ。すっかり過去の存在になっていました。しかし、耐熱には極めて優れていますし、もちろん重希土類フリー。この特徴は課題解決には最適です。SmCo磁石の磁力を高めて耐熱型ネオジム磁石に近づけることさえできれば――高鉄濃度化、高磁力化へのチャレンジが始まりました」

市場、実験室から忘れられた磁石が最新技術と共によみがえる

SmCo磁石はモーター用の市場においても、そして研究対象としても長らく忘れられた存在。当然、実用化に向けては幾つものハードルがあった。

 

「実験室レベルで、そして量産レベルのそれぞれで超えなければならない壁がありました。まず、鉄濃度を高めると、モーターの設計で重要な保磁力(※注1)が低下してしまう、という問題です。私たちはこの保磁力が低下する原因を突き止め、当社独自の熱処理による組織制御技術を開発することで、280kJ/m3という(BH)max(※注2)を室温で実現しました。このタイプの磁石では世界最高となるパワーです

従来技術との比較

実験成功のプレスリリースは大きな反響を集め、新聞やテレビなど多くのメディアに取り上げられた。ちょうどレアアース高騰に経済界、産業界が危機感を募らせていた時期でもあったのだ。

 

量産化に際しても問題を一つひとつクリアし、安定した品質を担保。東芝と東芝マテリアルが共同開発した技術によって量産プロセスの道筋が見えた。桜田氏がプロジェクトの原初企画を構想し始めた2007年から7年後、2014年のことである。

 

そして、早くも2014年度には商用化のファーストステップを刻む。JR九州の新型車両「305系」系電車の駆動システムへの採用が決定し、2015年2月から営業運転がスタートしたのだ。

 

さらなる高磁力、高耐熱磁石の開発にまい進する開発陣に吉報が届いた。2017年3月、優れた国産技術を開発し、産業分野の発展に貢献・功績を残した開発者・グループに贈られる「市村産業賞貢献賞」の受賞が決まったのだ。

 

レアアースの中でも特に希少な重希土類を一切使用せず、高い磁力と優れた減磁耐性を併せ持つ高鉄濃度SmCo磁石を世界で初めて開発したこと。そして、独自の熱処理による組織制御技術によって量産体制を確立し、鉄道車両の駆動システムに採用されたことが高く評価された。

株式会社東芝 研究開発センター 桜田新哉氏

「約25年の長きに渡り、一緒に仕事を行ってきた東芝マテリアルの岡村正巳さんと共に受賞できたことを大変うれしく思っています。ただ、岡村さんは2017年3月に逝去され、贈呈式への参列はかないませんでした……。若手の頃からお世話になり、研究開発の後押しをしてくれた岡村さんと積み上げてきた成果が、実用化に結び付いたと思います」

開発技術の適用例

鉄道車両での活用が軌道に乗った今、風力発電機、電気自動車、ハイブリッド車、エアコン、エレベータ、産業用モーター……幅広い用途での活用が視野に入ってきた。もちろん本磁石が目指す140℃の耐熱性を必要とはしないモーターも存在する。だがネオジム磁石と共存し使い分けながらSmCo磁石の用途を拡大することは、希少資源をいかにバランスよく使用していくかという大きな問題を解決する糸口になるに違いない。

 

■脚注
※注1 : (BH)max(最大磁気エネルギー積):磁石が持つエネルギーの大きさ。
※注2 : 保磁力:外部磁界に対抗して磁石が磁束を保とうとする力のこと。

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