サステナブルな電力インフラへ【前編】 ~高電圧送電機器から温室効果ガスをなくせるか!?
2022/10/27 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 電力インフラに不可欠の、GISとはどういうものか?
- 温室効果がCO₂以下の自然由来ガスで、装置を開発!
- 電力インフラのカーボンニュートラル化に真正面から取り組む!
観測史上はじめてロンドンの気温が40度を超え、日本でも自然災害につながる大雨が増えている。2021年には、IPCC*1が、「気候変動は、人間活動の影響であることは疑う余地がない」と公表した。ニュースで大雨や台風による被害が報じられるなど、私たちの身近な問題として感じられるのではないだろうか。
*1 気候変動に関する政府間パネルのこと。地球温暖化についての研究を収集、整理する。
気候変動と強く関係するのが、地球温暖化を進行させる温室効果ガスが増えることだ。代表的なCO₂の他にも温室効果ガスにはいくつか種類があり、六フッ化硫黄(SF₆)はCO₂の約25,000倍の熱を地球に閉じ込めてしまう。このSF₆は電力インフラに必須の「ガス絶縁開閉装置(GIS :Gas Insulated Switchgear)」に使われており、今、世界中で別のガスへの切り替えに向けた開発競争が進んでいる。
自然由来ガスを使って地球温暖化を防ぎ、新しいGISを開発して電力インフラの安定稼働も守る。この使命を果たすプロジェクトとはどのようなものか──。まずはGISについて簡単に説明しつつ、前後編でお届けする。
電力インフラに、GISは必須の設備
さて、このプロジェクトがもたらす社会的インパクトに触れる前に、GISについて簡単に説明しよう。GISとは、Gas Insulated Switchgear(ガス絶縁開閉装置)の頭文字をとったもので、電力の流れをオン・オフ(開閉)するスイッチだ。変電施設に設置され、落雷などで急に電圧が上がったり異常な電力が流れたりした時に、SF₆ガスの高い絶縁性能(ガス絶縁)をいかして、即座に電力の流れを止め、安全に系統から切り離すことで電力インフラの安定供給を守る。まさに電力インフラにとって必要不可欠な装置だ。また送電回路を切替え、電力系統をコントロールするものなので、大きな電力を安定的に必要とする鉄道や工場などにも設置されている。私たちが安心して電気を使い、電車や施設を安定して稼働させるのにGISは役立っている。
電力インフラにおけるGISの役割
GISは遮断器、断路器、避雷器などの機器を金属製タンクに収納し、電力を即座に止めるために絶縁性に優れたSF₆ガスを内部に充填した構造となっている。SF₆は地球温暖化への影響はあるものの、GISの「大電力のオン・オフ」という機能においては最強であり、代わりがきかない存在として認知されてきた。また、SF₆は化学的に安定度が高く、無毒、無臭のガスであるため、大気中への放出を注意して管理する以外は扱いも容易である。1960年代から広く使われ、GISの他にも、溶解炉の酸化防止や、半導体製品や液晶パネルのドライエッチング工程など様々な用途目的で需要量が増えていった。ただし、ガスとしての大気寿命※2は、3,200年※3ととても長く、ひとたび大気中に排出すれば将来にわたって温暖効果の影響が累積する。
※2 大気中の濃度が初期の約37%にまで減少するのに要する時間(いわゆる減衰時定数)
※3 IPCC、2021年より
このSF₆ガスを使い、東芝は1969年に日本で初めてGISの実用化に成功した。現在まで多くの電力会社が、東芝製GISを使って安定した電力供給を担っている。今や東芝は、日本の電力用GISでトップシェアを握るメーカーである。大規模な変電所や発電所はもちろん、SF₆ガスを用いたコンパクトな東芝製GISは、ビルや商業施設などの地下における変電所の建設も可能にし、都心部の電力安定供給を陰ながら支えている。海外では、ヨーロッパを中心とする大手メーカーとしのぎを削っている。
温室効果ゼロ!自然由来ガスを用いた国内初の電力用GIS誕生
プロジェクトの話に移ろう。2022年7月12日、東芝は自然由来ガスを用いた72/84 kV GISの開発完了と東京電力パワーグリッド(株)向けの初受注を発表した。このGISには、従来のSF₆ガスの代わりに、安全性が高く、地球温暖化への影響がない窒素と酸素の混合ガス(ドライエア)が充填されている。共同開発を行った(株)明電舎と開催した開発発表会には、オンラインを含めて500人以上が参加。注目度の高さが見てとれる。電力会社や電気事業者をはじめ、大学関係者など、様々な分野の方々から質問が続いた。
多くの関心を集めた発表会を、万感の思いで見守る一人の男がいた。東芝エネルギーシステムズの内井氏だ。彼は、1997年に東芝に入社して以来25年、電力インフラの必須機器であるGISの研究開発を続けてきたスペシャリストである。
東芝エネルギーシステムズ株式会社 グリッド・ソリューション事業部 電力変電技術部 主幹 内井 敏之氏
上述のように、これまでのGISにはSF₆を絶縁ガスとして封入していた。GISは変電施設に必要不可欠な装置である一方、地球温暖化が深刻さを増す中で、世界はカーボンニュートラルへ向けて大きく動き出している。実際、SF₆がCO₂の約25,000倍の温室効果を持つ事実を重く受け止め、欧米を中心に使用制限が進んでいるのだ。
SF₆ではなく自然由来の安全・安心なガスを使い、地球温暖化のリスクを徹底的に除いたGISはどうすれば作れるか──。
地球温暖化への関心が今ほど高くなかった15年以上も前から、内井氏はこの研究に取り組んできた。今回のGIS発表会は、彼の長年の研究成果がやっと1つ実った瞬間である。それと同時に、東芝がSF₆の代わりに自然由来ガスを使ったGISの実現性を世に示す重要な場となった。電力インフラのカーボンニュートラル化へ向けて、新たな一歩と言える。
SF₆代替ガスを用いたGISの開発へ
少し時間を戻そう。1997年、「気候変動に関する国連枠組条約」が、京都議定書を採択した。そこでは、先進国に加えて新興国でも、温室効果ガスの排出を削減することになった。そしてSF₆が削減対象に指定されたことで、GISに使われるSF₆の排出削減への取り組みが世界中で始まった。
日本では、「SF₆の漏洩を極力少なくし、その特性を最大限に活用する」という“Closed Cycle Concept”を基本に、SF₆を適切に回収、リサイクルして厳密に管理してきた。その結果、排出量は2000年代に大きく減少、2005年には業界で定めた自主削減目標も達成した。GIS製造および運用時にSF₆を大気中に漏洩させず、ガスのリサイクルが困難になった場合は適切に廃棄・処分するようになったのだ。
当時を振り返って、内井氏は「GISでは、SF₆が密閉容器に充填されるため基本的に大気への流出はなく、機器の保守や点検時においても、SF₆を厳密に管理して回収・リサイクルを行います。しかしながら、そのために付帯的な手間やコストがかかっており、SF₆を使わないGISがどうにかして実現できないか、という思いがありました…」と語る。では、内井氏は、この問題にどう向き合ったのだろうか。
時代を先取りし、難問に真正面から取り組む!
内井氏は、まだSF₆ガス機器の開発が全盛のなか、研究所主体でSF₆に代わるガスの研究を進めた。学会論文などで、電力用SF₆の代替ガスとしてベースになるのは、「毒性、沸点、安定性や環境適合性などをふまえると、N₂、O₂、CO₂などの自然に存在するものに限られる」といち早く指摘した。
しかし、自然由来ガスでは、絶縁性能がSF₆の1/3程度しかないので、同じ性能を維持するために大量のガスが必要となる。さらに、SF₆は絶縁性能だけでなく、電流の遮断性能にも極めて優れるので、自然由来の代替ガスを使ったGIS開発では大電流の遮断も大きな課題となる。結果として、GISの大形化とコストアップは避けられない。相入れない状況の代替ガスGISの検討は、研究レベルにとどまらざるをえなかった。
自然由来ガスはSF₆より絶縁性、冷却性が低く、GISの大形化が課題
しかし、2010年代中頃になり、潮目が大きく変わった。前段で触れたように、欧米で電力用SF₆を規制する流れが進んだのだ。国内外の代替ガスに注ぐ視線が変わり、内井氏の研究を実用化する動きが出てきた。
「2014年にフランスで開催された大きな学会に参加したときに、GISビジネスにおいて、近い将来『環境』という新しい競争軸が加わると確信しました。極端な話、SF₆を使わないGISを開発しなければ、東芝のGISに未来はない、と感じました。なによりも、電力インフラのカーボンニュートラル化を実現するには、SF₆を使わないGISが必要なのは自明でした。
その一方で、SF₆という抜群に優れた性能をもったガスを使わないで、本当に従来の代わりになる製品が創れるのだろうか?非常に難しい技術開発であることも、また自明でした。しかし、もしそれができたら、従来のSF₆を使ったGISの勢力図を一気に塗り替えるほどのインパクトがある。お客様も、本当にSF₆を使わないで同じ機能が得られる『真の代替技術』ができたら、喜んでそちらの方を選ぶだろう。そう思ったら、GIS技術者として燃えてきました」
長期的な視点で研究を続けてきたからこそ、東芝が技術開発で先行できたといえる。後編では、東芝技術陣の奮闘で実用化が進められてきた、SF₆を使わない新しいGISの開発プロセスに迫る。
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