東芝の若き技術者たち ~弓道精神で挑む信頼性向上~
2020/08/19 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- 半導体の信頼性向上に欠かせないモールド技術
- 三位一体の精神で、難題を解決
- 弓道の精神で挑む、技術者としての探究心
2020年、新型コロナウイルスのパンデミックにより、人々は世界が劇的に変化するパラダイムシフトの渦中にいる。しかし、人間はただ手をこまねいて見ているわけではない。ウイルスにより変えられてしまうだけの未来ではなく、人間の手で切り拓く未来が必ずある。東芝には、これからの未来を作り、その未来に生きていく若い技術者がいる。
Toshiba Clipでは、そんな東芝の若手技術者が見つめる未来から、これからの世界が取り戻すべき、光を集めていきたい。
世代を超えて、技術と向き合う心が織りなす強い力
神奈川県川崎市にある東芝小向事業所内の弓道場は、首都圏の東芝グループ弓道部員の練習場として長い歴史を持つ。2016年の入社以来、東芝デバイス&ストレージ株式会社の高橋佳子氏も、そんな東芝弓道部員の一人だ。高校生の頃に始め13年のキャリアを誇り、現在も東芝代表として実業団の大会に参加する現役の弓道家である。
東芝デバイス&ストレージ株式会社 デバイス&ストレージ研究開発センター
パッケージソリューション技術開発部 高橋佳子氏
「社会人になった後も弓道を続けられるとは思っていませんでした。東芝弓道部の存在を知ったことは、入社後のちょっとしたサプライズだったんです」
屈託のない笑顔でそう語る高橋氏のもう一つの顔は、半導体製造技術の開発者である。
「私たちのグループは、半導体を樹脂で包むモールド工程に関する技術を開発しています」
半導体と言えば、黒っぽい樹脂に、数多くの針金状の電極が生えているような出で立ちを想像する方も多いだろう。しかし、半導体の本体はその樹脂の中に納められたチップと呼ばれる薄くて小さな板なのである。
半導体の本体であるチップは、樹脂のモールドに包まれている
「多くの半導体製品は、金属製のリードフレームにチップを搭載し、最終的に樹脂で覆う方法で製造されています。モールド樹脂で内部のチップを外部からの熱や衝撃、水分から保護することは、半導体製品の信頼性を左右する重要な要素となります」
半導体は、テレビや家電製品といった用途だけでなく、自動車や産業機器の中枢にも使われている。特に自動車分野では、半導体が電気自動車の普及や自動運転技術の向上のために重要な役割を果たしている。自動車が人の命を預かっているように、半導体にも命を預かるに値する製品信頼性が求められているのだ。
「だから、こんなに小さな半導体ですが、その信頼性向上には大きな使命がかかっているのです」
チップと半導体を構成している樹脂やリードフレームでは、物理的・化学的な性質が異なるため、温度変化による材料の劣化や、伸縮する際の力といった要因により故障し、正しくチップを守り続けることができなくなる場合があるという。長期間、様々な環境変化に対応できるモールド工程の実現による半導体の信頼性向上が、高橋氏のグループの開発目標なのだ。
高橋氏のグループは、彼女を含めた三人のグループで技術開発を進めている。
一見すると、どこにでもいそうな若い社員と上司のグループといった感じだが、三人の関係はちょっと違うと高橋氏は語る
「リーダーの矢島正彦さんは、尊敬する先輩技術者であり上司であることは確かなんですが、いつも私と、同僚の蔡 譽寧(サイ ユウニン)さんの三人でお昼を食べるほど仲のいいグループのメンバーでもあるんです」
そんなジェネレーションの垣根を越えた仲だからこそ、お互いに意見を言いやすく質問もしやすいのだと三人は口を揃える。
「以前、モールド工程の実験に使う装置の不調が続いたことがありました。正しく使っているのに、原因不明の停止を繰り返してしまったのです。そんなとき、三人であらゆる可能性について意見を出し合えたおかげで解決できました」
装置故障の原因は、扉が開いたことを検知するセンサーの誤動作だったという。最初は操作ミスを疑い、次に設定値の見直しをしていった。
「一つずつ可能性を潰していく地道な作業でしたけれど、三人で励まし合いながら乗り越えていきました。一人だったら途中で投げ出していたかも知れません」
三人の協力で正常な機能を取り戻した、思い入れのある実験装置
センサーの誤動作の原因は、機械の故障でも操作方法でも設定値でもなく機械そのものの固定方法にあったのだという。こうした意外な原因の発見も、三人で協力した成果だと高橋氏は考えている。
「現在は、リードフレームとモールド樹脂の密着性を上げることで信頼性を上げることを目標に開発を進めていますが、実際の実験では想定していた通りの結果になることもあれば、少しずれた結果になることも多々あります。それでも、結果についてチームで気軽に話し合うことができるので、自分以外の目線の意見を取り入れて素早く次のアクションを起こしながら、量産適用を目指して日々開発を進めています」
三位一体の心でお互いを尊敬し合って意見を出し合うことで、研究も順調に進めて行けるのだと高橋氏は語る。ここに、東芝グループが理念体系で掲げる「ともに生み出す」という価値観が息づいているのだろう。
誠実であり続けることが、信頼性向上の鍵
高橋氏の学生時代の専攻は化学応用工学。燃料電池などの研究を行っていたという。そんな彼女が東芝に興味を持ったきっかけは「最終製品につながる開発がしてみたかった」からだという。
「学校で友達と多くの会社の資料を見比べてみました。東芝は休日も多く福利厚生やフレックスタイム制も充実しているんだなっていう印象がありましたが、何より子どもの頃から名前を知っている会社だったので興味を惹かれました」
そして参加した説明会で、高橋氏が東芝を選ぶ決め手となった出来事が起こる。
「東芝の合同説明会には大勢の学生が参加していました。しかしあまりの人数の多さに、身長の低い私は説明の声のする方を向いても何も見えずに困っていました。すると、進行を担当する司会者の『見づらい方もいらっしゃるでしょうから、場所を譲り合って、皆さんがご覧頂けるようにお願いいたします』というアナウンスに呼応するように、会場にいたリクルーターたちが私のように背の低い女性が前列に並べるように自然に誘導してくださったのです」
高橋氏は、これを「女性だから優遇された」ではなく、身長の低い人が前で高い人が後ろという合理的な譲り合いに感じたという。そんなスムーズな誘導に感動したことを今でも覚えているのだそうだ。
「きっとこの会社は、女性でも男性でも居心地のいい会社なんだろうなって思いました」
しかし、東芝への入社が決まり社会人生活に夢を描いていた頃、不正会計問題が噴出する。当然、彼女も周りから行く末を心配されたという。
「そんなとき、東芝のリクルーターに言われたんです。『技術者であること、技術者のやるべきことは変わりません』と」
この言葉は、現在も技術者である高橋氏の礎となっているという。
ハッキリとした結果が得られるまでは、何度でも実験を行うという
「実験でハッキリしないデータが出ることがあります。良い方にも悪い方にも取ることができるため、ついつい自分に都合のいいストーリーに乗せて考えてしまいたくなります。そんなとき、私はリクルーターに言われた言葉を思いだします。『技術者のやるべきことは変わらない』というのを」
ハッキリするまで、切り口を変えて実験を続けるのだという。それは東芝グループの理念体系にもある「誠実であり続けること」に他ならないのだ。
「技術的におかしいことはしたくないんです。本当に良いものができるまで、諦めないで誠実に向き合い続けることでしか、信頼される方法はないことを、多くの先輩から学びました。だから、私も少しずつ良いものを作って、気がついたらすごく良くなっていた…というのを目指しています」
弓道には、「正射必中」という言葉がある。これは正しい射法で射られた矢は、必ず中(あた)るということを表しているのだそうだ。高橋氏の技術的に正しいことを探求しようとする精神は、この弓道の精神を体現しているのだろう。
高橋氏は、4年間の東芝生活を振り返り、東芝をこう評した。
「あらゆるジャンルの技術があるので、わからないことがあっても、必ず東芝グループ内の誰かが教えてくれる。そんな懐の深さを感じます。何年か経って、私も頼られる側に回れるようになりたいですね」