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文芸評論家で東芝研究者 奥野健男と探る文学と科学の交差点


文芸評論家で東芝研究者 奥野健男と探る文学と科学の交差点

この記事の要点は…

太宰治評論の第一人者として知られる奥野健男は東芝の研究者。

権威ある大河内記念技術賞を受賞した彼の大発明とは……。

彼の東芝での発明は、あの有名な小説家の作品にも登場!

今なお、多くのファンを魅了して止まない昭和初期の文豪、太宰治。その太宰作品をはじめ、さまざまな文芸作品を鋭く批評し、論じ続けてきた文芸評論家がいる。『太宰治論』や『文学風土記』など、多くの著述で20世紀の文壇を彩った奥野健男である。

その奥野健男という人物が、旧制・東京工業大学(化学専攻)卒の理系人であり、東芝の研究者として多くの実績を残しているという事実は、文芸ファンにとっては驚きかもしれない。今回、なかなか見ることのできない東芝秘蔵の奥野健男関連資料を読みながら、文理に跨がる二足のわらじの足跡に迫ろう。

プリント配線の純国産化に成功

ここに、1964年1月に発行された、「東芝のほこり」と見出しがつけられた東芝の社内報記事がある。新年号として昨年を総括する意図から、1963年に主に社外から表彰された社内の事業・研究実績をまとめたページである。

東芝のほこり

事業・研究実績をまとめた社内報記事「東芝のほこり」 社内報『東芝ライフ』144号(昭和39年1月)

この一角に、プリント配線板用銅被覆積層板の製造技術の開発において、科学技術庁長官奨励賞、発明協会特賞を受賞した3人のうちの1人として、奥野健男の名前が確認できる。この研究は、科学技術分野の権威である大河内記念技術賞も1959年に受賞しており、まさに当時の活躍の痕跡を示す貴重な資料と言える。

プリント配線板とは、写真製版・印刷の技術を応用して作る電気回路のこと。まず、絶縁体である合成樹脂版に、導体である銅を全面的に付着させ、回路を描く。その回路以外の不要な銅をエッチング(※)により取り除くことで、回路を作り出す仕組みだ。

※エッチング
プリント配線板の場合、専用の露光装置を用いて紫外線(現在では、レーザー光やX線、電子線など)を照射し、塗膜の一部を除去することを指す。

プリント配線板

現在、使用されているプリント配線板

従来、プリント配線用の銅貼積層板はハンダ付けの熱に弱く、銅と合成樹脂の接着には海外の高温接着技術に頼らざるを得ない分野であった。そこで、奥野らは、銅箔表面を改良することで、接着力と耐熱性の強化をもくろむ。

手書き資料

定期的な研究報告として、本研究内容が詳しく書かれた手書き資料。
三浦勇三、奥野健男他『Research Memorandum』(No.1010(昭和30年7月7日)、No.2235(昭和33年4月10日))

銅と合成樹脂であるフェノール樹脂の接着が困難であるのは、銅が非極性物質(※)、フェノール樹脂が有極性物質(※)であり、この2つの極性(※)が異なるためだ。通常、有極性物質同士、非極性物質同士の接着は容易だが、反対の場合は接着しにくい。

そこに着目した奥野らは、亜塩素酸ナトリウムと苛性ソーダの混合水溶液により、銅箔表面を酸化第二銅層にすることで、非極性であった無処理の銅を酸化させて有極性にする方法を考案。有極性のフェノール樹脂との接着力を強化させ、日本初の純国産銅貼積層板の製造を可能とした。この接着力は海外の接着技術をも上回り、当時、トランジスタラジオなどに多く使用されたという。

※極性、有極性、非極性
電荷の分布の正、負それぞれへの偏りを指す。分子全体として電荷の偏りがない分子を「非極性分子」といい、電荷の分布が不均等な分子を「有極性分子」あるいは「極性分子」などという。

酸化第二銅層の接着力の強さを示したグラフ

酸化第二銅層の接着力の強さを示したグラフ
三浦勇三、奥野健男他「プリント配線(1)」(『東芝レビュー』13巻12号、昭和33年)

日本の発明史において大きな功績である銅被覆積層板の製造方法。実は、この発明がもたらした影響は産業界のみならず、文学の世界にまで及んだのだった。この研究を軸に科学と文学の間を探っていこう。

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