五感を使って親子で楽しい食事を! Foodtechへの新たな挑戦

2019/08/28 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 「食」という身近な社会課題からアイデアを創出
  • 「親も子も食事を楽しめる社会」に向けて、外部の専門家と共創
  • SXSW2019への出展を通して見えた将来像
五感を使って親子で楽しい食事を! Foodtechへの新たな挑戦

みんなが困っていることは何だろう。それをどうやったら東芝が解決できるだろう。
東芝の社内横断アイデア創出プロジェクトで生まれたのは、子育てを経験したことのある方ならばその多くが悩んだであろう「子どもが食事に集中しない」困りごとを解決するシステム「Sizzleful(シズルフル)」。食器の蓋を開けたり、料理を食べたりすると、音楽や音声が流れたり、映像がトレイに映ったりして、五感を使うことで子どもが食べることに前向きになれる。

 

アメリカ合衆国テキサス州オースティンで行われる音楽・映画・インタラクティブを組み合わせた世界最大級のイベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」への出展を目指し、約2カ月半でプロトタイプを作り上げた共創の舞台裏をのぞいてみよう。

社会の身近な課題をアイデアの起点に

東芝では、社会課題を起点として、10年~20年後のニーズを探り、未来から逆算して発想するバックキャストの手法で2020年に実現可能なアイデアを考える社内横断プロジェクトを進めている。様々な部門から意欲あるメンバーが集まり、デザイン思考を使ってアイデアを共有・創出する。2018年度は7部門から20数名が参加し、数カ月の検討を経て「子どもが食事に集中しない」という身近な課題から、「親も子も食事を楽しめる社会」というコンセプトが決まった。

横断プロジェクトでのアイデア出しの様子

横断プロジェクトでのアイデア出しの様子

プロジェクトメンバーの一人、株式会社東芝 デザインセンターの澤井香織氏は、こう語る。
「コンセプトが決まるまではかなり大変でした。いろいろな課題とアイデアが出ましたが、議論は難航し、予定より3カ月も押していました。ギリギリの状況を打破したアイデアのきっかけは、3人の子どもを育てるお母さんメンバーの声です。毎日の食事で、子どもが遊び食べをしたり、食べるのに時間がかかったり、食事に集中できないことにストレスを抱えていました。子どもが食に向き合って、お母さんお父さんがほっとできる時間をつくれるように、という想いに他のメンバーも共感し、『親も子も食事を楽しめる社会に』というコンセプトができました」

BeforeAfter

株式会社東芝 デザインセンター 澤井香織氏

株式会社東芝 デザインセンター 澤井香織氏

コンセプトを元にどのようなものを作るかを検討していく中、ある専門家との出会いがきっかけとなり、プロジェクトが加速する。

 

「社外の講演会で、フードアナリストのとけいじ千絵さんのお話を聞いて、五感を刺激することに重きを置いた『感性教育』という考え方があることを知りました。これだ!という直感があり、すぐにとけいじさんにコンタクトを取りました」(澤井氏)

 

とけいじ氏は監修を引き受けてくれたが、最初の反応は意外なものだった。

 

「はじめは驚きました。食育の中でもニッチな部分である感性教育がビジネスで通用するのかなと。個人的には違うテーマにフォーカスした方が良いのではないかと思っていたのですが、メンバー皆さんの親と子どもの食事の時間を楽しいものにしたいというピュアな想いに打たれて、できることは協力したいと思いました」(とけいじ氏)

フードアナリスト・とけいじ千絵氏

フードアナリスト・とけいじ千絵氏

感性教育をヒントに食育の問題に立ち向かう Sizzlefulの誕生

感性教育というのは、一言でいうと、五感を使って食事を楽しむことを教えるということ。

 

「普通、食育というと、食材、調理法、栄養素のバランスなどに着目しがちです。しかし、子どもの好き嫌いというのは、いろいろな食材を並べたとしても、食べてくれなければ意味がありません。そこから、栄養学ベースの食育は限界があると思っています。実は、おいしさの感覚の中で、味覚を用いて感じる部分は1割程度にすぎません。味覚に加えて視覚、嗅覚、聴覚、触覚の感覚機能を総動員させて、味わっているのです」(とけいじ氏)

 

自分の五感を結集させて食べることを楽しめるようになると、食事の経験値が上がり、味覚の幅が広がる。いろいろなものをおいしいと感じ、食事そのものが楽しいと感じられるようになる。その結果、幅広い栄養が摂れ、健康にも寄与するというアプローチだ。

 

「とけいじさんのお話を聞いてビビッときたのは、感性教育がまだあまり世の中に知られていない領域であるということ、そして、ここに東芝の技術を生かせるのではないかと思ったからです。東芝としてプロジェクトをやるからには、技術で子どもが食事の楽しさを体感することで、食習慣が身につき、お母さんお父さんにも喜びが生まれるという新しい価値を生み出したいと考えました」(澤井氏)

 

具体的な検討段階でも、子育て中のメンバーの意見が役立った。

 

「『母親が完璧な料理を作ることが当たり前』と思われている風潮はいまだにあります。外食することは、手を抜いて楽をしていると否定的に見られて罪悪感を抱いてしまうと言うメンバーもいました。お母さんお父さんが子育てをしながらも、ほっとひと息をつくことが受容される社会となるように、子育ての仕方が変わっていったらいいなと思います。その後押しになるものとして、食事内容は変えずに、他の環境を変えることで子どもがいかに楽しく食べられるか、ということに挑戦する製品を作りたいと考えました」(澤井氏)

 

「共働きが増えている今、なるべく家族みんなで一緒に食べようとするのは、限界にきているのではないかと思います。誰と一緒に食事をするかより、自分が食事と向き合っておいしいと思えるかの方が大切です。孤食も社会的に問題視されていますが、食事から得られる情報を享受していないことが問題だと思います。テレビやスマホを見ながらの『ながら食べ』ではなく、まずは子どもにこのシステムを通して食事の楽しさを分かってほしいですね」(とけいじ氏)

 

いつもの食事を、五感を刺激しながら向き合うものにする「Sizzleful」が生まれた。名前は、食べ物のおいしさが目の前に迫って刺激される時に使われる「シズル感」から来ている。

 

「ただおいしそうというだけで終わらせずに、感性を結集させて、感覚が満ちるという意味も込めて『Sizzleful』と付けました。『Sizzleful』から出る音や映像はその場限りのものですが、それを繰り返すことで、食事の楽しさが子ども自身の感性に宿ってくれたらと思っています」(澤井氏)

アイデア初期イメージ

アイデア初期イメージ

アイデアを形に、試行錯誤

アイデアが固まりプロジェクトが進み出したのが1月。目標のSXSWまでは残り2カ月を切っていた。時間との勝負。考えないといけないこと、やらないといけないことが目の前に積み上がっていた。

 

「最初にとけいじさんと、どういう体感をさせればいいか、五感を使って、どういうデモを行えばそれが伝わるかを考えました。メンバーはプロダクトチームとコンセプトチームに分かれて作業しました。プロダクトチームはインタラクティブなデモの可能性を広げてくれましたし、コンセプトチームはユーザに伝わりやすい仕様を検討し、それぞれの視点でお互いにない知見を補いながら、チーム一体となってデモを作り上げていく過程は本当にワクワクしました」(澤井氏)

 

五感の中で、特に視覚と聴覚に働きかける仕掛けをトレイに搭載することに決まった。
天ぷらを揚げる時や野菜を切る時の音、花火の上がる絵、タイミングや映像など、表現方法にもこだわった。プロダクトチームでソフトウェアを担当したのは、東芝デジタルソリューションズ株式会社 ソリューションセンターの野上僚司氏だ。

 

「そしゃく音をセンシングして可視化する技術を検証するのが一番苦労しました。そしゃくしている時としていない時の見分けが難しく、普段話す時と噛んでいる時との違いを明らかにするため、深夜までずっとおせんべいを噛み続けて実験したのが忘れられない思い出です」(野上氏)

東芝デジタルソリューションズ ソリューションセンター 野上僚司氏

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ソリューションセンター 野上僚司氏

「ハードウェアとソフトウェアとプロダクトチーム内でもすみ分けができていたので、全体としてはすんなり組み上がりました。東芝コミュニケーションAI 『RECAIUS™(リカイアス)』の担当のメンバーは様々な音声を試しながら作っていましたし、自分も、そしゃく音の強弱を文字で可視化するなど、浮かんできたアイデアを遊びでやってみたことが周りから『いいじゃん』と受け入れてもらえたりして、メンバー各自のアイデアが組み合わさって発展していくモノづくりという感覚がありました」(野上氏)

 

「コンセプトと技術はデザインセンターと技術部門で組み立てられますが、その間の理論やメッセージ性の部分は私たちだけでは不十分でした。とけいじさんが入ってくださったおかげで、プロジェクトが一気に加速しました。食育メソッドによる裏付けがあることでシステムの説得力が増し、共創や協働のパワーを実感しました。東芝と独自のメソッドをもつとけいじさんとがうまくマッチして、融合した結果だと思います」(澤井氏)

 

この動画は2019年3月13日に公開されたものです。

子どもの食事情は世界共通の悩み

SXSWはまだ完成されていない不完全な段階のものでも世の中に問いかけてみようというマインドの展示会。コンセプト段階の企画や技術でも堂々と出展できるため、アイデアの価値を確かめてみるべく、「外に出し、外で鍛える」オープンイノベーションプロセスに挑んだ。

 

「思っていた以上にポジティブな反応が得られた喜びがありました。共感の声も多く、自分が使ってみたらどうかを想像して感想をいただけたのが良かったです」(野上氏)

 

子どもの偏食や遊び食べはグローバルな課題であると共感を得た一方で、実際に子どもに使って試したのかという点に質問が集まった。

 

「子育て世代の悩みは万国共通なんだと感じました。今回はユーザの声を拾うまでの検証はできなかったので、これから進めていきたいと思っています。また、高齢者向けの食事や子どもたちの病院食など、転用のアイデアもいろいろ収穫がありました」(野上氏)

SXSW2019で来場者の質問に答える野上氏

SXSW2019で来場者の質問に答える野上氏

SXSWでの声を受け、今後はユーザに寄り添ったユーザ参加型デザインを通して製品化を進める予定だ。そしゃくの演出・可視化にさらに注力し、食べた量や食材のセンシングやスマホアプリとの連携など、新しい価値提供も検討している。センシングデバイスやサイバー・フィジカル・システムを推進している企業として、近いうちに子どもの食事シーンから得られるデータを使った、「食のIoT」も目指している。

 

「ゆくゆくは子どもの食事で得られるデータを活用した『食体験の拡張』が実現できたらと思っています。それによって何気なく過ぎ去ってしまう食事をみんなが楽しめるようにしたいですね」(澤井氏)

 

使っている技術は決して特別なものではないが、どの技術をどう組み合わせて何を解決するのか、その先にどういう社会があるのかを考えて創られるものは、きっと未来により良い価値をもたらすはずだ。東芝のFoodtechへの挑戦は続く。

集合写真

関連サイト

※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。

HOME | shinshokubigan

Related Contents