「降雹被害」を食い止めろ!気象データサービス事業の挑戦

2024/07/16 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 「雹」が甚大な被害をもたらすことがある
  • 気象レーダ解析技術から創出された降雹予測サービス
  • 数十分先の降雹エリアを正確に予測し、防災・減災に貢献
「降雹被害」を食い止めろ!気象データサービス事業の挑戦

近年、国内でも気象災害が激甚化・頻発化している。台風や局地的な大雨、豪雪など、空からやってくる災害の対策が進む中、被害のインパクトに比べて予測が困難とされているのが雹(ひょう)だ。この難題を解決すべく、東芝デジタルソリューションズが「気象データサービス」を提供する。雹が降るエリアをいち早く予測し、人身や車、住宅への被害を防ぐことがねらいだ。空の「見える化」で防災・減災を目指す取り組みに迫った。

カボチャ大の氷塊が降ったことも――雹の発生原理と脅威とは

雹は地面に降る氷の塊だが、実は春先や秋口に発生することが多い。この時期、地上は暖かく、空の上には冷たい空気が流れ込んでくることがある。冷たい空気は地面に降りていき、地上の暖かい空気は上昇するため、こうした状況では空気の上下変動が起きやすい状態、いわゆる「大気の状態が不安定」な気象条件である。このような気象条件では、雹を降らせる積乱雲が発生しやすいため、冬ではなく春先や秋口に雹が多くなるのはこのためだ。

積乱雲の中では微細な氷の粒が生まれ、氷粒に細かい水粒が付着することで少しずつ大きくなり、重力によって落下する。しかし、雲の中では上昇気流が発達すると氷の粒は吹き上げられ、また上に戻る。そして、水の粒をまとって重くなり、再び下へ、また上昇気流に吹き上げられて上へ……。このアップダウンを繰り返すうちに粒は次第に大きくなり、氷の塊――雹へと成長していくのだ。

ところで空から降ってくる氷の塊の中で似たものに「霰(あられ)」がある。雹と霰、両者の違いは直径5mmを超えるかどうかだ。直径5mm以上のものを「雹」と呼ぶ。雹の平均的なサイズは5mm~2cmほどと言われているが、ときに5cmを超える巨大な雹も降ることがある。実は日本では約29.5cm、カボチャ大で3.4kgという雹が降った記録もある。※1

春先や秋口には大きな雹粒が降ることがある

雹は莫大な損害をもたらすことがある。5mm以上の氷の塊が猛スピードで降ってくるので、軽視できるものではない。車のボディがへこんだりフロントガラスが割れたりする損害が生じているほか、カーポートや住宅、さらに果樹や野菜、それにビニールハウスなどの農業施設にもたらす被害も甚大なのだ。例えば、2024年4月に兵庫県を中心に発生した降雹では、車両保険や火災保険、新種保険で合計12万2,000件以上の事故が受け付けられ、支払い保険金は564億円以上(支払い見込みを含む)に及んでいる。※2

降雹被害でフロントガラスと車体が大きく損傷している様子。雹があらゆる資産にもたらす被害は大きい

降雹被害でフロントガラスと車体が大きく損傷している様子。雹があらゆる資産にもたらす被害は大きい
※1:「かぼちゃの大きさの雹(ひょう)について」
https://www.jma-net.go.jp/kumagaya/shosai/chishiki/hyou.html
※2:「兵庫県を中心とした令和 6 年 4 月16 日の降雹に係る各種損害保険の支払件数・支払保険金等について(2024 年 5 月 31 日現在)」(日本損害保険協会)2024年6月20日
https://www.sonpo.or.jp/news/release/2024/g34l0i0000002u4b-att/240620_01.pdf

気象レーダ解析技術から創出された降雹予測サービス

降雹による被害を防ぐためには、事前に雹が降るタイミングやエリアを察知するのが望ましい。屋内に避難したり、車にカバーをかけたりして、被害を未然に防ぎ、軽減させるという手が打てるだろう。大雨の予測や台風の進路予測はポピュラーになり、私たちはさまざまなメディアで目にすることができる。しかし、降雹に関する情報はあまりにも少ない。東芝グループで気象レーダ技術に携わってきた木田智史氏が、その背景を語る。

「雹に関して、『明日は東日本の内陸部で雹が降りやすいでしょう』といったような、ざっくりとした予測はありました。しかし、『数十分後にこのエリアで雹が降ります』といったように、ピンポイントで予測するサービスやニュースはありません。それは予測に必要なデータの入手と、精度の高い解析が困難だったためです。そこで私たち東芝デジタルソリューションズと三井住友海上が進めたのが、雹が降る兆候を通知する『雹災アラート』の実証実験です。基盤になったのは、東芝が長年に亘って培ってきた気象レーダ解析技術でした」

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 データ事業推進部 データ事業開発担当 木田 智史 氏

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 データ事業推進部 データ事業開発担当 木田 智史 氏

東芝はこれまで、パラボラ型気象レーダを、雨量や突風、発雷などを正確に解析するシステムと合わせて販売し、河川やダム、鉄道、電力系統など社会インフラの管理を行う国や事業者を支えてきた。気象データサービスは、これまでの気象レーダ事業で培ってきた気象レーダ解析技術を切り離して、クラウド上に再構築することで新たな価値を創出するサービスである。雹を予測するサービスもこの中から創出された。

気象レーダシステムから気象レーダ解析技術を切り出して構築した新たなソリューション。これは東芝が進めるソフトウエア・デファインドの考えに基づくものです」と語るのは、同サービスの事業開発を支える橋詰顕氏だ。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 DX事業推進部 橋詰 顕氏

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 DX事業推進部 橋詰 顕氏

「東芝のあらゆる事業、部署のメンバーがDXを切り口に新たなビジネスのアイデアを考え、発想する活動から生まれたものです。長年取り組んできた気象レーダの解析技術を、より多くの企業や団体に活用いただけるようにし、その先にある社会や人々に安心・安全を担保する取り組みが始まったのです」(橋詰氏)

2022年には国土交通省が気象レーダの生データの商業利用を解放したことも、新たな気象データサービスを開始する追い風になった。全国には、国土交通省が設置している65台の気象レーダがあり、全国の気象レーダが観測したデータを独自のアルゴリズムによって解析し、気象予測に活用するシステムを開発した。さらに気象予測を行うには気象庁の許可を受ける必要があるが、東芝デジタルソリューションズは、気象に関する予報業務許可を取得することで、気象データサービスを行う準備を整えることができた。

「レーダごとの特性を見極めてチューニングし、ノイズなどの不要な情報をクレンジングすることでデータの品質を整える技術が、予測の精度を高めるポイントです。加えて、気象レーダから取得した生データをメッシュ状に変換する技術や、雨雲の中の粒子を判別し、雹やあられ、雨、雪のうちの何が地上に降るのかを数十分前に判別する技術があります。これらの技術を組み合わせることで、突発的に降る雹を事前に検知する実証実験がスタートしたのです」(木田氏)

東芝のレーダ解析では空で「起きていること」と「起きること」を正確に把握することで、雨・雪・雹のどれが降るのかを判別できる

東芝のレーダ解析では空で「起きていること」と「起きること」を正確に把握することで、雨・雪・雹のどれが降るのかを判別できる

数十分先の雹を予測し、アラートを通知する実証実験を開始

早速、本サービスを活用できると価値を見出していたのが、降雹による被害額が事業を左右する保険会社だ。東芝は、降雹の兆候を検知し、被害のリスクが予想されるエリアにいる実験参加者にアラートメールを発する実証実験を、三井住友海上と共同で実施。共創プロジェクトをメンバーの渋谷氏が振り返る。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 産業グローバルソリューション推進部 渋谷 尚久氏

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 産業グローバルソリューション推進部 渋谷 尚久氏

「アラートが届いた人のスマートフォンの地図上には、数十分先に雹が降る可能性や、30分先までの雨量などが表示されます。実験のパートナーとして加わった株式会社Specteeの支援により、該当エリアに投稿された雹などのSNS発信を画像やテキスト、動画などのかたちで通知していったのです。ユーザーからは『実際に防止活動を行った!』など、実体験に基づいた反響が多く寄せられました」

数十分先の降雹の可能性を表示し、アラートメールを発する実証実験を三井住友海上と共同で実施。※上記の図はデモ用の画面であり、実際に実証実験で使用されたものとは異なります

数十分先の降雹の可能性を表示し、アラートメールを発する実証実験を三井住友海上と共同で実施。
※上記の図はデモ用の画面であり、実際に実証実験で使用されたものとは異なります

実証実験は好評のうちに終わり、パートナーである三井住友海上から高評価をいただくことができ、本格運用が始まっている。

キーワードは『Make New』――これまでにないものを創出したい、という思いを表しています。雨が降るエリアや時刻・量を予測するサービスは精度を上げても、世の中には既に同様なサービスが存在しているので、それは『Make better』に過ぎません。アルゴリズムを改良して予測の精度を上げる試みは続けていきますが、今まで世の中になかったサービスを創り出そう! そんな思いをプロジェクトメンバーで共有しています」(木田氏)

木田氏は「フィジカル領域で得られた気象レーダの生データをサイバー領域の気象データサービスで解析し、降雨予測や降雹予測といった情報を企業や組織に提供するサイバーフィジカルシステム(CPS)の事業化を目指している。東芝は長年培ってきた社会インフラを支える知見、技術、お客様との繋がりという資産を有しており、これが当社の強みを発揮することができる。」と展望する。

フィジカルの分野で取得したデータを解析して降雨や降雹などを予測することで、新たな価値を創出するサイバーフィジカルシステム(CPS)を構想

フィジカルの分野で取得したデータを解析して降雨や降雹などを予測することで、新たな価値を創出するサイバーフィジカルシステム(CPS)を構想

「海外への展開を視野に入れ、幅広く実装できるように準備を進めています。国内のメーカーだけではなく、海外のビッグテックが競合になる可能性もあります。ただ、AIやクラウドなどサイバーのみでは生データを生かした解析は容易ではありません。レーダ設備の開発、実装といったフィジカルで知見を重ねた当社の強みが存分に発揮できるでしょう」

降雹予測に加えて「突風」を予測し、被害を防ぐアプローチの研究開発も進む。地上からはうかがい知れない空の上や雲の中を見極める――東芝が創出するサービスが目指すのは、「空の見える化」だ。人の営みに、そして地球の環境に思いを馳せて。メンバーの取り組みは、社会に確かな価値をもたらすはずだ。

関連サイト

※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。

気象データサービス | 東芝デジタルソリューションズ

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