新エネルギーの確立へ 水素エネルギーのいまと未来

2015/11/18 Toshiba Clip編集部

新エネルギーの確立へ 水素エネルギーのいまと未来

次世代のクリーンエネルギーとして注目を集める「水素エネルギー」。特にエネルギー自給率が6%とエネルギー資源のほぼ全量を海外に頼っている日本にとっては、自国で賄える新エネルギーを確立することは急務となっており、環境にも優しい水素エネルギーへの期待は高まっている。

 

先月の記事でも取り上げた、水と太陽光のみで稼働できる自立型エネルギー供給システムである「H2One™」の実証実験が2015年4月から開始されるなど、水素エネルギーの研究は実用化に向け日々進んでいるが、水素への理解が一般に広まっているとは言いがたい。今回は水素エネルギーの魅力を体感するべく、東芝未来科学館で行われた一般参加型イベント「水素エネルギーを実感しよう」に潜入。講師を務めていただいた法政大学の左巻健男教授へのインタビューを通じて、水素の基礎を学ぶと同時に、水素エネルギーに秘められた可能性を探った。

水素の特徴を知る

左巻健男教授
左巻健男教授

イベントは穏やかな口調ながらも、身振り手振りを踏まえた熱のこもった左巻教授の解説から始まった。

 

「水素は原子の中で一番簡単な構造をしています。さらに一番小さいというのも特徴です。実験や水素自動車に使われているのは水素分子、つまりエイチツーなのですが、くっついて2倍になってもまだ一番軽いんです。この特徴を使って、昔は飛行船を飛ばすのに使用されていました。しかし、1937年にドイツで事故が起こり、着陸の時に火がついてしまった(ヒンデンブルグ号爆発事故)。それで現在の飛行船には二番目に軽いヘリウムが使われているのですが、この事件がきっかけで水素が危険なものだというイメージがついてしまった。そのせいで、水素の研究が遅れてしまったとさえ言われています」

 

しかし、水素は特徴を踏まえて適切に使用すれば、危険性を限りなく減らして有効に活用できるエネルギーだ。水素が爆発するのは空気中に4~75%含まれている場合に限られ、それ以上でも以下でも燃焼しない。また水素の発火点は500℃となっており、旧来からエネルギー資源として使用されているガソリンの300℃よりも高く、自然発火することはまずないといえる。

 

水素爆発の可能性があるのは、密封空間で4~75%の濃度で引火した場合だが、例えば水素の濃度を99%にまで高めるなど、水素の性質を踏まえた対策を施すことで安全に使用することができる。実際に水素を発電に利用する燃料電池自動車や自立型エネルギー供給システムでは、水素の特徴をしっかりと把握した安全対策をしており、現在の燃料電池自動車にいたっては、すでにガソリン自動車と同等のレベルの安全性を担保することが可能になっている。

水素をつくるには

水の電気分解をするための装置
ポリ容器を使用した電気分解装置(写真左)と電源装置(写真右)

水素は宇宙上でもっとも多く存在するが、その質量ゆえに地球の重力では大気中にとどめておくおく事が出来ない。つまり水素は地球上にほとんど存在しないのだ。では水素は一体どのようにつくられるのだろうか。

 

「実はいまこの装置で水の電気分解をして、水素をつくっています。水素をつくる一番簡単な方法は水の電気分解です。しかし、電気分解のためには電気エネルギーが必要で、電気をつくるために電気エネルギーが必要になるという課題が残ります。また水素が含まれている物質である有機物から炭素を取り除き、水素を残すという方法もあります。これは現在、炭素を取り出すことは可能になっているのですが、実用化するにはまだまだ費用が掛かりすぎるという問題があります。その他にも、工場などでどうしても出てしまう水素を集めるという方法もありますが、これには当然限界があります。最近では水素を発生させる細菌がいることがわかり、それらの細菌を使って水素を生み出す研究も進んできましたが決め手とはなっていません。やはり大量に水素を生み出す新しい方法を発見することは、水素社会を実現するためには不可欠だといえます

 

現在販売されている水素は、主に水の電気分解により得られている。水の電気分解は手法としては確立されているものの、左巻教授が指摘するようにその電力をどのように得るかを考える必要がある。

 

燃料電池の原料として考えた場合、通常の発電施設から得られた電力を用いたのでは、水から水素へ、水素から水へと変換を行う分ロスが生じるし、火力発電を行えば環境負荷が高くなる。電力を水素に変換するメリットは人が電力を使っていない時間帯の余剰電力や、自然エネルギーなどの出力が不安定な電力を水素という形で一時的に蓄積し、電力に変換したり燃料として使ったりできるという点にある。太陽光を利用している「H2One™」のように、そういったメリットを最大限に活かせる仕組みをこれからも作り上げていかねばならない。

 

「爆鳴気」(水素2、酸素1で混合された気体) 点火前
イベントでは、あらかじめ用意された水素に実際に火をつけるという実験も行われた
「爆鳴気」(水素2、酸素1で混合された気体) 点火時
「爆鳴気」(水素2、酸素1で混合された気体)は引火すると大きな音をたてた

講義に聞き入る参加者のみなさん

講義に聞き入る参加者のみなさん

水素エネルギー研究の現在

左巻健男教授

環境問題に積極的に取り組む欧州では水素ステーションが15ヶ所で稼働し、整備計画が進んでいる。左巻教授も北欧を訪問した際に、その先進性をまのあたりにしたという。世界的に進められている水素エネルギー研究は、いまどのような立ち位置にいるのだろうか。

 

「水素エネルギーは非常に大きな可能性を秘めているのですが、水素社会を実現するにはまだまだ課題は山積みといった状態です。水素エネルギーの実用化には、「つくる」、「ためる」、「つかう」、と3つのステップがあるのですが、それぞれに大きな課題が残っています。つくるについては先ほども申し上げた通り、安く大量につくることができない。ためるでは、軽くて体積が大きい水素をどうやってコンパクトに蓄えるかという問題がある。つかうについても、燃料電池自動車などの研究が進んでいますが、ハイブリットカーなどを押さえ世界の主流になっているわけでは決してない。しかし、今後エネルギーの分野は、競争が激化することが予想されます。その中で、きっとよりよい技術や製品が生み出されていくと感じています

水素エネルギーの未来

今年2015年は、再生可能エネルギーからつくられた水素の活用が本格化した年だといわれている。水素の地産地消が始まり、災害に対して強いライフラインをつくることや、水素ステーションの設置、離島や遠隔地での活用など、様々なシーンでの活躍にむけて、着実な一歩を踏み出している。また、2025年ごろには、海外の年間を通して快晴が続く地域や、常に風が吹き続けている地域などの再生可能エネルギーで、安価につくられた水素を運び、国内の水素ガスタービン発電所で大規模発電がなされる見込みだ。これが実現すれば、地球規模でつながった水素社会がやってくる可能性がある。安心で安全な新エネルギーの確立へ。いま人類の新たな進化が始まろうとしている。

参加者のみなさんと左巻健男教授
講義後、参加者のみなさんと写真撮影。みなさんの明るい表情が印象的だ。

【プロフィール】
左巻健男(さまきたけお)教授

左巻健男(さまきたけお)教授 プロフィール

「理科の探検(RikaTan)」誌編集長。
京都工芸繊維大学・同志社女子大学・法政大学生命科学部環境応用化学科教授を経て法政大学教職課程センター教授。
専門は理科教育・科学教育、科学コミュニケーション(ニセ科学批判等)。
著書(監修書・編著含む)は今までに2百冊以上。趣味は国内外放浪、軽登山。

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