ボトムアップでの変革(後編)~実験マインドで「つながる職場」~

2020/09/30 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • トライ&エラーで実験ができる場「JIKKEN Company」
  • 個人の「特殊能力」を掛け合わせ、仲間を増やして新しい変化をもたらす
  • 楽しみながらやってみる文化を広げて活気ある事業所に
ボトムアップでの変革(後編)~実験マインドで「つながる職場」~

東芝府中事業所に変化の波をもたらそうと、ボトムアップで動き出したオフィス改革プロジェクト「HADO(波動)」。その奮闘ぶりについては前編で紹介した通りだが、プロジェクトを率いる高山氏は、頭の中でもう一つの構想を描いていた。オフィスの改革は、あくまで手段であり、目的はオフィスを変えることによって、新しい働き方や共創が生まれる場をつくること。そして、そこから事業所全体へと変化の波を広げることだ。HADOプロジェクトでは設備や環境といったハード面は変えられるが、気持ちやコミュニケーションのソフト面も変える必要がある。そのために高山氏は、新しいオフィスをより多くの人に知ってもらい、そして使ってもらうことで、社内外の多くの人を巻き込んだ共創のネットワークをつくりたいと考えていた。

「新オフィスをいろいろな人たちに見てもらうことで、自分たちのオフィスも変えたいという想いを広げていくことがポイントだと考えていました。しかし、自分一人の力では限界があるため、同じ考えを持つ、共創のための仲間を見つけることから始めました」(高山氏)

株式会社東芝 府中事業所 企画・管理部 設備動力担当 スペシャリスト 高山 亮氏

株式会社東芝 府中事業所 企画・管理部 設備動力担当 スペシャリスト 高山 亮氏

想いを発掘して増えた仲間

仲間集めといっても、事業所内で大々的に募集したわけではない。高山氏は、新しい活動に興味がある人、府中事業所を変えたいという同じ想いを持っている人を探すため、地道に声を掛けていった。その一人は、過去にToshiba Clipでも紹介した技術コラボの府中事業所版で、2018年高山氏と一緒のチームになって以来親交が続く、株式会社東芝 技術企画部 ソフトウェア技術センター 共創ソフトウェア開発技術部 石井 裕志氏だ。

石井氏は、ソフトウェア開発の改善を本業にしながら、新しい技術を教育という形で紹介したり、仕事のやり方を変えていったりするワークショップのファシリテーターも行っていた。高山氏は、普段から人と接する機会の多い石井氏は、仲間集めのキーパーソンになるだろうと考え、2018年12月頃オフィス改革のプロジェクトとその展開に関するアイデアを話した。

「府中事業所に在籍時、事業所の中にはたくさんの人がいるのに、縦割りで他の部門とあまり交流がなく、部署を超えると人をまったく知らないという状況はもったいないと感じていました。どうにかして人と人をつなげる良い方法はないかとずっと考えていたので、高山さんの話を聞いて、これは面白そうだと思いました。高山さんが『自分たちやこのオフィスが実験台になるから、やりたいことがあったらこのフィールドでやっていいよ』と言ってくれたことも、今までにない動きで共感しました」(石井氏)

株式会社東芝 技術企画部 ソフトウェア技術センター 共創ソフトウェア開発技術部 スペシャリスト 石井 裕志氏

株式会社東芝 技術企画部 ソフトウェア技術センター 共創ソフトウェア開発技術部 スペシャリスト 石井 裕志氏

年が明けて2019年の1月、府中事業所の人事総務部門や技術管理部門といったスタフ部門約200人が集まる新年会が開催された。高山氏はこの新年会を、普段なかなか話す機会のない他の部門の人をつかまえるチャンスと捉え、直接各部門の部長たちに自分のアイデアを説明し、新しいことをやりたいが良い人がいないか聞いて回った。その中で、府中事業所にある健康支援センターの産業医から紹介されたのが立山(たちやま)紫野氏だった。

保健師の立山氏は、従業員との面談や健康診断の運営を行う上で、新しい施策をどうやったら浸透させられるのか、健康に関する情報をどうしたら広く従業員に届けられるのか、悩んでいたという。

「高山さんに会って、こんなに面白いことを考えている人がいるんだと分かりうれしかったです。健康の情報は、毎月健康支援センターで資料をつくり事業所内の会議で周知し、各職場で展開される流れになっていますが、従業員と話すと『そんなの知らないよ』と聞くことが多く、情報が行き届いていないのかなと感じていました。広く知ってもらうにはどうしたら良いのか、従業員が本当に求めている情報は何なのかを考えても、私一人の力では現状を変えることは難しかったので、高山さんと一緒に動けることは、新しいことができるチャンスだと思いました」(立山氏)

株式会社東芝 府中事業所 総務部 健康支援センター 立山紫野氏

株式会社東芝 府中事業所 総務部 健康支援センター 立山紫野氏

その後も高山氏は、毎日各部門の部長を回って、どのような取り組みで、なぜやりたいのか、業務時間中に人を貸してもらえないか、どんな人にメンバーになってほしいのかを話し、一人ずつスカウトしていった。ただ入りたい人に入ってもらうのではなく、最初にその上司の理解を得ることに、こだわりがあった。

「新しいことをやりたいと思っている人は、たくさんいるだろうと思っていました。しかし、実際に新しいことを始めるときに、上司や職場の説得が大きな負担となることがあります。だから、本人以上に上司や職場に活動の主旨や意義を納得してもらうことに力を注ぎました」(高山氏)

地道な努力の結果、1月の新年会から3カ月で府中事業所の様々な部門から50人を超えるメンバーが集まった。新しいことを始めるため人を集めていると聞いて、息を吹き返したように「自分もやりたい」と言う人たちが一人ずつ集まってきたのだ。

「実験だから失敗してもいい」をコンセプトに生まれたJIKKEN Company

高山氏たちは、人を惹きつけるおしゃれなロゴとネーミングがあれば、それを見てわくわくして人が集まってくるはずと考えた。イラストが得意な立山氏は、ロゴとネーミングが一番大事だという高山氏の想いを聞き、早速その翌日に複数の案を提示した。その中で一番共感を集めたのが、「JIKKEN(実験)」というネーミングだった。

立山氏デザインのロゴ。イラスト中央にはきっかけとなったプロジェクト「HADO」の文字が入っている

立山氏デザインのロゴ。イラスト中央にはきっかけとなったプロジェクト「HADO」の文字が入っている

「変わろうとしても、急な変革は無理があるので、トライ&エラーで少しずつ変わっていけるといいねと話していました。実験という場であれば失敗しても問題ないですし、新しいチャレンジもしやすくなると考えたのです」(石井氏)

「失敗が許される環境にしたいという想いがずっとあり、JIIKKENというネーミングが一番しっくりきました。何かをやるにしても、検討ばかりで実行する段階で力尽きてしまうことが多いと感じていたので、とりあえずやってみようというところから入っていく文化にしていきたいと思いました」(高山氏)

そこから「実験してみよう」、「実験だから失敗してもいい」という失敗が前提のコンセプトが出来上がった。そして「JIIKKEN」にはもう一つの意味が込められている。一人ひとりの特殊能力を組み合わせて化学反応を起こす、一人ではできないこともみんなでやればできるというものだ。

「自分には仕事以外にこれっていう能力がなくて、イラストが得意、動画編集が得意という人が羨ましかったんです。そういった特殊能力を生かせる場があると、みんなとても楽しそうで、自分が頼んだことなのに、『頼んでくれてありがとう』と何度もお礼を言われてうれしかったのと同時に、こうした好きなことが実際の仕事にもより結びついたらいいのにと思いました」(高山氏)

やらされ感ではなく、本人のやりたいことや得意なことを大事にし、とりあえずやってみよう、楽しみながらやってみよう、みんなでやってみようという雰囲気をつくり、それをメンバーの職場に還元していくことで、楽しく生産性の高い職場が実現できるという確信に至った。

積極的な採用活動によって、イラスト、動画、作曲、カメラ、司会などの技術や特殊能力を持つ多彩なメンバーが集まり、2019年4月に「JIKKEN Company」が結成され始動した。

「ある日、職場を去った後輩と会う機会がありました。そこで彼は今、自分がいるチームを小さな会社だと思って接しているという話をしてくれました。その話に共感した私は、プロジェクト名の『JIKKEN』にCompanyを付けて『JIKKEN Company』という名前にしました」(高山氏)

理念を目印にすれば迷わない

ロゴとネーミング、コンセプトが決まり、さらに新しいビジョンについてもワークショップを行い、メンバーみんなで考える機会をつくった。一度は会社を辞めることも考えた高山氏だったが、2018年7月1日に新しく制定された会社の理念、東芝グループ理念体系は、自分の目指すべき方向と合致し、違和感なくすっと入り込めるものだった。特に高山氏を奮い立たせたのは、「新しい未来を始動させる」という東芝の「存在意義」だった。東芝があるべき姿を信じて、ただその通りやってみればいいのだと突き動かされた。

「上司の説得が目的になってしまうと、自分は何をしたいのかを見失ってしまうこともありますが、理念を目印に、シンプルにそこに向かってやれば、間違いはありません。そもそも東芝で働いていて会社の理念があるなら、それをシンプルに目指せばいいと思っていました。『新しい未来を始動させる』という東芝の存在意義を踏まえた上で、JIKKEN Companyという小さな会社の世界観の中で、より身近な言葉として新しいビジョンを作り上げたいと思い、自分ごとに捉えて、メンバー一人ひとりがスローガンを考えました」(高山氏)

ほしい未来をあたりまえに 匠がつくる明日のカタチ

集合写真

オファーがオファーを呼び広がるJIKKENの場

業務の合間を縫って活動を開始したJIKKEN Companyの初仕事は、リニューアルされる教育センターの、方針・コンセプトを考えることだった。研修などで使われる教育センターが移転されることになったものの、スペース的に、従来あった喫煙所や駐輪場は作れないという問題があった。元々あった喫煙室がなくなることや、広大な敷地内の移動に自転車を使えないことが、完成後のクレームにつながることを担当者は懸念していた。そこで、保健師である立山氏が本業の知識を生かしたJIKKEN Companyならではのアイデアを提案した。

「健康志向の教育センターということにして、自転車を使わずに歩いて来てもらい、非喫煙者を応援するというコンセプト全面禁煙を理解してもらうことにしました」(立山氏)

こうして、教育センターの新しい在り方が決まった。パートナーとして社外の家具メーカーの協力も得ながら、社内のデザインセンターや健康支援センターの監修も受け、階段に消費カロリーを表示したり、壁にガイドの表示を付けてストレッチを推進したりと、健康志向の教育センターが誕生した。

2020年4月から府中事業所は、構内を全面禁煙とした。禁煙は世の中の流れでもあるが、教育センターリニューアルでの喫煙所廃止で、禁煙対応に先鞭を付けた。

身長に応じた歩幅で歩くことや、歩幅をあと10cm延ばすことで、健康寿命を延ばすことにつながるという。この廊下に刻まれた線は、身長に応じた適正な歩幅が一目でわかるように工夫されているため、自然に健康な歩幅を手に入れることができるのだ

身長に応じた歩幅で歩くことや、歩幅をあと10cm延ばすことで、健康寿命を延ばすことにつながるという。この廊下に刻まれた線は、身長に応じた適正な歩幅が一目でわかるように工夫されているため、自然に健康な歩幅を手に入れることができるのだ

この教育センターのリニューアルは、府中事業所内で高い評価を得ることに成功した。そして、その評判が次のオファーを呼び、新しい設備や場所のネーミングやロゴの作成、会議室のプロデュース、部門紹介や製品紹介の動画作成など、多岐にわたるオファーが舞い込むようになった。

会議室のプロデュースでは、その建屋に入居する交通システム部と鉄道システム部の共通製品である「機関車」をテーマにデザインした。1923年(前身の芝浦製作所時代)に製造を開始してから今日に至るまで電気機関車と深く関わる東芝において、府中事業所は長年鉄道の拠点となっており、鉄道好きの従業員にとってはたまらない会議室が完成した。

「二つの部門が一緒になって一つのものをつくれたことと、こうなったらいいなと思い描いたイメージがスピーディーに形になったことを部門の方が喜んでくれて、本当にうれしかったです」(立山氏)

JIKKEN Companyがプロデュースした鉄道をモチーフに初代国鉄電気機関車の番号を名前に付けた会議室

JIKKEN Companyがプロデュースした鉄道をモチーフに初代国鉄電気機関車の番号を名前に付けた会議室

会議室オープン時には、交通システム部と鉄道システム部、JIKKEN Companyの企画メンバーでオープニングセレモニーを行った

会議室オープン時には、交通システム部と鉄道システム部、JIKKEN Companyの企画メンバーでオープニングセレモニーを行った

想いを文化として根付かせたい

仲間も増え、活動実績も着実に積み上げていき、JIKKEN Companyを通じて、オフィスHADOを知る人も増えてきた。こうして当初の目的であった、オフィスの活用やそれを通した共創が生まれるようになっていった。順調に進む活動は、高山氏が期限と決めた3年が経過する、2022年3月までの折り返し地点に来ていた。

「活動期間3年間というのは最初から決めていました。期間限定だからこそ、今できることを全力でやりたいと思っています。始めた当初よりも特殊能力を持つ人が見えやすくなったので、何かやりたいなと思ったときにやりやすくなりました。個人やチーム、プロジェクトをつなぎあわせて、どうせやるなら一緒にやろうよと言えるようになっています」(高山氏)

活動が終わることに対し、メンバーは悲観的ではなく、むしろ希望を抱いている。

「JIKKEN Companyができて、何かをやりたいと思っている人がこんなにいるんだということが分かったことが素直にうれしかったですね。RPGのように仲間を発見して増えていく楽しさがありました。現在、勤務している小向事業所でもJIKKEN KOMUKAIが立ち上がるなど活動の輪は広がっています。組織を超えたつながりやコミュニケーションの中から生まれるアイデアが大事だと思う気持ちを大切に、こういった活動を続けていきたいですね」(石井氏)

※RPG:ロールプレイングゲーム。様々な役割を持つ仲間を集めて、一緒に旅をしながらゲームを解いていくようなシナリオのゲーム。

「最初は、JIKKEN Companyに参加している人たちだけが前向きなのかと思っていましたが、話せば応援してくれて、本当はやりたい想いはあっても一緒にやる仲間がいなかっただけで、みんな前向きだったのだと分かりました。みんなが楽しんで働けることが心の健康につながると考えています。自分も保健師として、楽しみながらやってみようというマインドを広げていきたいです」(立山氏)

「これをやってみたいと話したときに、とりあえず試してみようかと言ってくれる人が本当に増えたんです。少しずつ試せばだんだん変わっていくことを実感しました。JIKKEN Companyで得た達成感や楽しさを普段の仕事にも還元して、失敗を恐れずやってみる文化として根付いていったら良いですね。あいつができたなら自分にもできるかもと思って、何かチャレンジしてもらえたらうれしいです。あと1年半の間に、お世話になった方々に恩返しをしていきたいと思っています」(高山氏)

一人の想いから始まったオフィス改革とJIKKEN Companyによって、府中事業所は確かな新しい変革のステージを迎えている。「JIKKEN」を合い言葉に、誰もが失敗を前提にやりたいことをやってみる環境が全社に広がる日も近いかもしれない。

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