社会を見据え、共に進む 密集を計測するAI開発への想い

2020/12/23 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • コロナ禍のニューノーマルに社会実装される密集計測AIを開発
  • 現場のニーズを見据え、求められる技術をすくい上げる
  • 高機能は大前提、使いやすい技術として喜ばれたい
社会を見据え、共に進む 密集を計測するAI開発への想い

人々の安心・安全を守るために、近年、世界の防犯カメラの設置台数は加速度的に増加している。この既に設置されている防犯カメラの画像を活用して、トラブルの原因となりやすい人の密集状態を計測したいというニーズが高まっている。さらに、昨今のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大を受けて、人の密集度を迅速かつ高精度に計測する技術が注目されている。AIの応用によって、密集度が高い場所であっても、画像から迅速に密集度を解析・計測できるようになってきた。しかし、その解析はディープラーニング(深層学習)を用いるため、データの処理量が膨大になるのが課題だ。GPUなど高価な専用演算装置が必要となり、コスト増は避けられない。結果として、様々な施設への幅広い普及に難題が立ちはだかっていた。

 

そこで東芝が開発したのは、監視カメラの画像を解析して人の密集状態を検知する「群集計測AI」である。その先進技術、優位性は「画像から瞬時に密集を計測 AIは人の目を超えた」で紹介したが、本編では開発に携わった技術者の熱い思いにフォーカス。独自の手法で世界トップレベルの群集推定を実現した技術は、どんな思いから生まれたのか。技術者の熱い思いに迫る。

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 メディアAIラボラトリー 研究主務 山地雄土氏

株式会社東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 メディアAIラボラトリー 研究主務 山地雄土氏

安心・安全な社会を目指し、現場で使える群集計測AIを開発

 カメラ画像から“高密度に”密集を解析する様子を説明した図

東芝が開発した群集計測AIはディープラーニングを活用し、高密度に密集している人の数を高精度かつリアルタイムに計測するものだ。研究開発センター メディアAIラボラトリーの山地雄土氏が本プロジェクトに取り組み始めたのは、2018年後半のこと。ディープラーニングは学習データを基に認識力を向上していく自律型のモデルとして注目を集め、2010年代後半から様々な領域で応用が進んでいた。ディープラーニングのニーズが盛り上がる中、画像認識チームの山地氏はリサーチを開始。トラブルの原因になりやすい人の密集に着目し、「群集計測AI」に可能性を見出し、開発に着手する。

 

「私たちのチームには『安心・安全な社会をつくる』という目標があります。そこで、以前から関係があった警備会社にヒアリングをしたところ、駅や空港等の公共施設や商業施設でトラブルの原因を回避するために警備員が注視するのは、通常では見られない『異常な密集』である、という気づきがありました。私たちのラボラトリーでは、複数のカメラ映像から人物ごとの移動経路を把握するなど、安心・安全な社会をつくるための画像認識技術の様々な可能性を模索しています。人の目の代替になるものとして、人がかなり密集した場所でも密集度合いを高速・高精度に計測するAIはできないか――その思いが開発の発端になりました」(山地氏 以下同)

 

山地氏は研究所に籍を置く技術研究者だが、研究室にこもって研究に没頭するだけを是とはしない。ユーザーのニーズを拾うため、積極的にヒアリングに出かけ、現場に寄り添って「安心・安全」を届けたいという熱意がある。

 

「警備会社など現場のユーザーにヒアリングしてみると、密集状況を把握するという目的で共通していても、その手段は様々です。『ハイスペックなPCでもいいから高精度な計測技術が欲しい』という方がいれば、『ノートPCでもできるような低コストの技術を導入したい』という方もいる。精度を上げるというのは大前提ですが、ユーザーが手軽に利用できる軽快性も追求しなければならない。今回の群集計測AIのアプローチは、もともとは、こうしたヒアリングを通して生まれたものです」

公共施設の混雑抑制など、活用が想定される様々なシーンのイメージ

AIによる画像処理といえば、高度な専用演算装置GPUを搭載したハイスペックなPCがなければ活用できないものだった。一方、山地氏が開発した群集計測AIは、一般的なPCに搭載されている汎用的な演算装置CPUで十分に処理できる。メディアAIラボラトリーに蓄積された技術の集積、そして上司・同僚らのアドバイスでプログラミング、アルゴリズムに工夫を施し、ブレイクスルーが見える。山地氏曰く、「何かに困っていたら、いろいろな領域、方向からアドバイスが飛んでくる」という、最適の研究環境が開発を後押しした。さらに、機能の向上にとどまらず、巨視的に社会変革を考えていくというチーム風土もある

 

「今回の群集計測AIは大幅な高速化を実現し、世界トップレベルの性能を学会に発表できました。しかし、いくら数値がずば抜けていても、世の中で実際に使えるものでなければ意味がない。私はそう考えています。それは研究開発センターの風土が強く影響しているでしょう。私たちは研究者として、取り組んでいるものの機能向上、新たな手法の開発に注力します。しかし、そこで上司が繰り返すのは『性能がいいのはわかった。新しい手法だということもわかる。では、どんな現場で使えるんだ?どんな課題を解決できるんだ?』という問いです。高精度、新規性を目指すだけではなく、研究者としてどんな社会の礎を築いていきたいのか? そんな大きな視座が、常に求められています

実際に動かし、現場のニーズに応えるものを開発したい

技術は世の中で実際に使われ、課題を解決するためにある――山地氏の強い思いは、学生時代、そして東芝入社直後に携わったプロジェクトに原点があるという。

 

「学生時代はコミュニケーションロボやインタフェースを専門領域として、『役に立たないロボット』などを開発していました。そのロボットはアームがなく、ゴミの一つも拾うことができません。しかし、だからこそ手を貸してあげたくなり、人が協力してゴミを捨てることになる。そんなアクションにつながるものでした。完璧な存在ではなく、人と共生する中で存在感を見出す。そんなロボットこそ、私が理想とするものだったのです。この思いを追求すべく、東芝に入社後はインタフェースロボットの研究チームを志しました」

 

人と親和性の高いインタフェースロボットの研究に取り組んだが、チームはほどなく解散することとなった。アイデアや先進性は社内外から高く評価されたが、プロジェクトは隘路に突き当ってしまったのだ。山地氏は「この製品、この技術でなければ実現し得ないもの」をより強く打ち出していかなければ、と考えた。「群集計測AI」開発の契機となった現場ヒアリング、ニーズ収集の必要性を痛感したのもこのときだ。

 

「ヒアリングを重ねて現場のニーズに即したものを届けたい。その思いは前述の通りですが、より明確に言うなら『実際に動かしてみて、現場のニーズに応えるものを開発したい』と考えています。私が技術者として達成感を覚えるのは、その技術をまさに求めていた人のニーズに応え、喜ばれたときに他なりません。

 

以前、テレビ局との協業で画像解析用のAIを開発したことがありました。駅伝のテレビ中継でユニフォームやゼッケンといった特徴から所属チーム名を認識し、選手の特定やチームの自動追跡を可能にするというものです。現場の中継スタッフのニーズを聞き取り、機能を作り込んでいった。短納期で大変ではありましたが、結果として99.3%いう高精度を出すことができ、『これは人間以上だよ! 助かります』と喜ばれました。あの達成感は忘れようがありません。群集計測AIも、社会がコロナ禍のニューノーマルに対応していく一助になるもの。ある意味では命に関わる技術です。早期に軌道に乗せ、現場を支えていきたい。その思いで実用化に邁進しています

 

開発実績を積み、気鋭チームスタッフとの研鑽で手法開発の幅も広がった。しかし、社会を見晴るかす優しい視線は、人と共生するロボットを夢見たあの頃のままだ。目の前の現場からニーズをすくい取り、より大きな視点で社会の改善、変革を目指して――山地氏はただひたすらに、情熱を燃やし続ける。

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