日々、研究が進むがん治療にまた新たな可能性が見出された。元々身体への負担が少なく欧米を中心に高い比率で採用されてきた「放射線治療」だが、それをさらに進化させた先進医療として登場した「重粒子線治療」に注目が集まっている。
がんは日本人の死因の第1位となっており、約1/3の人ががんで亡くなっている。これを受け、国も「第3次対がん10か年総合戦略」を推進するなど、新たながん治療への期待は高い。世界的にみてもがん患者の数は年々増加しており、効果的ながん治療の確立は日本だけでなく人類全体の課題ともいえる。
また、がんの治療で難しいのは、単に治りさえすれば良いというものではないという点だ。患者の社会復帰までを充分に考え、臓器の機能や体の形態を可能な限り損ねない治療が望まれる。
重粒子線治療は、外科手術では取ることが難しい体の深部の場所のがんにも有効なほか、正常な細胞へのダメージが少ないという特長がある。副作用も少なく、社会復帰を見据えた治療法としてこれから更なる普及が望まれるところだ。
東芝では、エネルギー事業分野のひとつである原子力事業で培った多くの技術を活かし、「次世代型重粒子線治療装置」を開発。すでに神奈川県立がんセンターの重粒子線治療施設「i-ROCK(アイロック)」や、国立大学法人山形大学との契約を締結しており、i-ROCKでは昨年の12月より治療も開始されている。
今回は最新技術が詰まった「次世代型重粒子線治療装置」の仕組みを紐解くとともに、最先端のがん治療の現在に迫った。
重粒子線治療の強み
そもそも「重粒子線」とは、電子よりも重い粒子(物質を構成する原子・分子などの粒)を高速にしたもので、加速することでその粒子にエネルギーを付与することができる。がん治療には炭素イオンで作られた重粒子線(炭素イオン線)が使われおり、重粒子線治療では、この炭素イオン線を体外からがんの病巣に照射する。いわゆる放射線治療の一種だが、従来の技術では治療が困難であった「身体の深いところ」にあるがんの治療にも有効だ。
従来のX線やガンマ線などの放射線は、体の近いところでのエネルギーが高く、体の奥に行くにつれ威力が落ちていくという性質があった。そのため、体の深いところのがん細胞を破壊しようとすると、手前にある正常な細胞にもダメージを与えてしまうという欠点があった。
一方、重粒子線は体の表面ではエネルギーが低く、ある深さに達すると威力が最高になるという特徴がある。その深さをがん細胞の位置に合わせて調整することで、周囲の正常な細胞へのダメージを少なくしながら、がん細胞だけを破壊することが可能になった。
がん腫瘍の位置、大きさ、形状に合わせて治療効果を集中させることができるため、身体的負担も少なく、早期の社会復帰を目指せるという患者に優しい治療方法だ。
重粒子線治療を支える東芝の技術
東芝が開発した重粒子線治療装置には多くの新技術が採用されている。照射ビームを病巣に正確に照射できる「3次元スキャニング法」もそのひとつだ。
一般的な放射線治療では、正常な細胞へのダメージを抑えるため、がん細胞の形に合わせてくりぬかれたコリメーターと言われる真鍮製の遮へい物を通して放射線を照射するので、遮られた部分の放射線はエネルギーをロスしていることになる。
一方、3次元スキャニング法は、重粒子線を細いペンシル状に絞ったビームにして照射し、がん細胞をペンで塗りつぶすようにして照射する。これにより、複雑な形をした病巣にも対応できるほか、照射されたビームのほとんどががん細胞に当たることで、エネルギーの損失が少なく効率的に治療ができるという利点がある。
3次元スキャニング法では、がん細胞をペンで塗りつぶすように重粒子線を照射する。
この動画は2016年1月15日に公開されたものです。
また、治療室ではがん病巣に対して正確にビームを照射するために、患者の位置決めが重要になってくる。実際に従来のシステムでは、位置決めにかなりの時間がかかっており、患者の負担や治療室の効率的な運用のためにも、いかに迅速に、そして正確に位置決めができるかが課題となっていた。
そういった問題を解決するため、東芝の重粒子線治療装置には、ロボットアーム型治療台を用いた「患者位置決めシステム」を採用した。このロボットアーム型治療台は、7関節を持つ水平多関節型で可動域が非常に大きい。患者治療台の周囲に自由空間を確保することができるため、位置決め用のX透視装置の設置が可能になったほか、治療時に極めて重要な、医療スタッフの導線の確保にもつながった。
この位置決めシステムでは、あらかじめ撮影したCT装置による参照画像と、治療室のX透視装置で撮影した画像とのずれを自動で補正する。これにより、高精度で高速な位置決めを実現した。
その他にも、治療に関わる多くのスタッフが業務を円滑に進めることができるよう支援を行う「治療情報システム」や、放射線医学総合研究所(放医研)に導入された、360度どの位置からでも重粒子線の照射を行うことで治療範囲を拡大した「回転ガントリ」など、より効率的な治療を実現する技術が開発されている。
回転ガントリ:患者を傾ける必要もなくなり負担軽減にもつながる
回転ガントリは薬機法未承認です
今後の課題と重粒子線治療の未来
次世代のがん治療として活躍が期待される重粒子線治療だが、国内でこの治療を受けられる施設は非常に少ない。その最大の要因となっているのが、重粒子線治療に必要な加速器の巨大さだ。がんを破壊するためには、重粒子線のスピードを光速の70%程度にまで加速させる必要があるが、そのために必要な加速器は小型化が難しいという。1993年に完成した放医研の場合、システム全体が収まっている施設は、120m×65mとなっており、サッカー場の面積とほぼ同等となっている。
重粒子線治療を行うにはサッカー場ほどの巨大な施設が必要だ
しかし、現在ではある程度の小型化が可能になっており、最新の技術では設置面積を1/3程度にまで縮小することに成功。実際に神奈川県立がんセンターのi-ROCKでは、小型化されたシステム※が導入されている。
がん治療において着実に実績を積んでいる東芝の技術力には、新たな技術の開発はもちろん、建設期間の短縮や調整試験の合理化、運転コストの削減など、重粒子線治療の普及に向け大きな期待が寄せられている。
がんは医療技術の発達により、もはや不治の病ではなくなろうとしている。これまで治療を行うのは困難とされてきた症例でも、最新技術の登場により効果的な治療を行うことができるようになってきた。東芝の技術も重粒子線治療の普及とともに、多くの人に治療の機会を提供するだろう。がんの克服へ向け、東芝の技術は進歩していく。