オープンイノベーション最前線(中編) 大企業が変わるとき
2021/06/02 Toshiba Clip編集部
この記事の要点は...
- スタートアップならではのスピード、進め方が促した大企業の変化
- 東芝のオープンイノベーションは、スタートアップに心地いい?
- オープンイノベーションの落とし穴を解決した仕組み、意思決定者への直訴
東芝グループが持つアセットのさらなる活用を目的に、スタートアップとのマッチングを図り、新事業の創出を目指す「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM」(以下、TOIP)。TOIPにより、ビッグデータ・IoT向けデータベース「GridDB」を擁する東芝デジタルソリューションズ株式会社と、データビジネスで社会課題に立ち向かう株式会社DATAFLUCTの協業が実現した。
両社は、すでに具体的な事業化に向けた検証を続けている。しかし、伝統ある大企業と2019年設立のスタートアップでは、社風や方針、何より仕事の進め方に大きな違いがあるはず。しかし、だからこそ互いの強みや武器を生かして、伸ばし合う相乗効果も見込まれる。では実際、TOIPによるプロジェクト選定から2ヶ月半の協業検討期間に、両社の間では何が起こっていたのか?現場のリアルをヒアリングした。
文化による仕事の進め方の違い
「我々としては、スタートアップとの協業は、これが初めての経験になります。従来以上のスピード感が求められることに対し、正直、最初はどこまで対応できるのか不安がありました」
そう胸の内を語るのは、GridDBの事業開発チームの1人、東芝デジタルソリューションズの栗田氏だ。従来の業務が、決して遅々としていたわけではない。それでも、いざ協業に向けた実務がスタートすると、考え方や目的到達までのプロセスに、様々な驚き、発見、学びがあったという。
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
マネージドサービス推進部 栗田 雅芳氏
「会議をこなすたびに、議論が想像以上にステップアップし、プロジェクトが大きく前進する手応えが得られるのに新鮮な驚きがありました。具体的には、我々のGridDBとDATAFLUCTのAutoML※1 ツール・DATAFLUCT cloud terminal.を組み合わせることでどのようなソリューションが実現できるか、広範囲に渡る話し合いが続きましたが、最終的にユースケースをホワイトペーパーにまとめるまでの過程は、無駄のない効率的なものでした」(栗田氏)
※1 人工知能の機械学習モデル構築を自動化するツール
環境が変われば仕事の進め方が変わるのは当然のことだが、GridDB事業開発チームは、従来とは違う方法に出会い、自らを変えていった。チームを率いる望月氏は、次のように振り返る。
「TOIPがスタートアップならではのスピード感を生かす取り組みであることは、あらかじめ事務局に強調されていました。従来の我々のやり方では、計画を立ててそれに則って進行するのが基本形でしたが、今回は走りながら計画を立て、随時修正していくことに重きを置きました。それにより、いい意味で当初思い描いていたものとは違う着地を見ましたが、とにかく考えながら前進しようというスタンスには、多くの発見がありました」(望月氏)
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
新規事業開発部 シニアエキスパート 望月 進一郎氏
言葉を変えれば、一部のスタートアップで推進されるアジャイル開発の仕組みが、TOIPのマッチングによって伝統的な大企業にもたらされ、吸収されたということだ。TOIPの目的の一つは、まさにここにある。
TOIPというプログラムを活用することの意義
一方、DATAFLUCT代表取締役、久米村氏は、「今まさに、DXとオープンイノベーションのブームが同時にやって来ているタイミングなので、自分たちの強みは大手との協業においてもいっそう生かせるはず」と展望を口にする。
「お互いにポジティブなプレッシャーをかけ合いながら、議論をぐいぐいと進め、成果を求めていくのが理想のオープンイノベーションです。これは様々な企業と取り引きを重ねる中で養われた感覚ですが、GridDB事業開発チームの皆さんには今回、このスタイルに全面的に並走していただきました。だからこそ、スタートアップの小回りの良さや実行力が、うまく発揮できたと感じています」(久米村氏)
株式会社DATAFLUCT 代表取締役 久米村 隼人氏
また、わずか2カ月半で一定の成果を得た背景には、TOIPという仕組みを利用したからこその恩恵もある。プログラム事務局の相澤氏に話を聞いた。
「TOIPでは採択から2カ月半後に、東芝の経営陣の前で行なうプレゼンの場(成果発表会)がセットされています。こうしたプログラムありきで期間が区切られていたことで、限られた時間内にアイデアを具体化しなければならないという、両社のマインドセットを揃えることに繋がった面は大きいでしょう」
株式会社東芝 CPS×デザイン部 CPS戦略室 参事 相澤 宏行氏
オープンイノベーションで理想の成果を得るには、明確なゴール設定が不可欠。今回のマッチングでは、そうしたプログラムの特性の意味が十二分に発揮された。
前出の望月氏が言う、「いい意味で当初思い描いていたものとは違う着地を見た」というのも、短期間に効率よく仮説検証を重ねた結果の産物だ。
「小規模でもGridDBの運用実績を増やしていきたい東芝に対し、社会インフラなど大きな事業を望むDATAFLUCTの間に、当初は目的の違いがあったのは事実です。しかし議論の末、今回はスピードを優先する必要があったので、DATAFLUCTが得意とする店舗の需要予測などから着手することになりました。大切なのは、ここで確かな成果を出すことです。成功事例を作ることで、さらに大きな事業化へと進むことができます」(望月氏)
すなわち、最終的な利害や目的は、間違いなく一致しているのだ。東芝にとって、このような着地点をスピーディーな意見交換、意思疎通をもって見出せたことは、TOIPがもたらした恩恵のひとつであったに違いない。
TOIPの真価は「意思決定者に直訴できる」こと
これから全盛を迎えるデータの時代に向け、高度な機能と拡張性を備えたGridDBと、それぞれの組織内データを投じることでクイックに機械学習モデルを生成できるDATAFLUCT cloud terminal.のコラボレーションは、大きな意義を持つだろう。これについて、東芝デジタルソリューションズのスヘルマン氏は次のように語る。
「DXが進められる中で、企業が事業開発を行なう上でデータの収集・分析の高度化は、今後いっそう重要になることは間違いありません。その点、DATAFLUCTの機械学習プラットフォームはビギナーにも優しいシステムで、今回の連携はGridDBの社会実装をより強く後押しするきっかけになると確信しています」(スヘルマン氏)
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部
新規事業開発部 スペシャリスト アンガ スヘルマン氏
ベストなタイミングで協業が叶った両社。しかし、TOIPというプログラムが秘めているメリットは、それだけではない。東芝の経営陣を相手にした成果発表会は、DATAFLUCTにとって「他のオープンイノベーションとは一味違う、またとないチャンス」であったという。
「我々のような規模のスタートアップが、東芝の経営陣にお会いして直接プレゼンさせていただく機会があることは、重要な意味を持っています。様々な企業と仕事をさせていただきますが、経営者と面識を持つ機会はほとんどありません。TOIPの“意思決定者に直訴できる”仕組みこそ、スタートアップにとって大きなチャンスであることを実感しました」(久米村氏)
久米村氏は「プレゼン時間を5分もらえれば、先方に“組みたい”と思わせる実力は持っているつもり」と胸を張るが、その5分の機会を得ることが存外に難しいのが、オープンイノベーションの現状なのだ。その点、TOIPでは成果発表会で東芝の経営陣、そしてグループ会社のトップなど、総勢50人もの経営者を前にプレゼンを行なう機会が用意されている。ここに、東芝のオープンイノベーションの醍醐味が集約されていると言っていい。
「正直なところ、知名度が足りないがゆえに、せっかく良質の技術とアイデアを持っていても、知らない会社だから……という理由で門前払いされてしまうことがあります。それは、お互いにとっても社会にとっても損失でしかないでしょう。いかに意思決定者まで話を持っていくかは、我々スタートアップにとって深刻な命題なんです」(久米村氏)
今回、念願叶って東芝に実力を認知させた実力派スタートアップのDATAFLUCTと、GridDBの社会実装を加速するために自らのスタイルを柔軟に変え、価値創造のスタートラインに立った東芝の面々。両社が、これからどのような成果を生み出していくのか、後編ではその内容に今一歩迫りたい。
※ 本取材・撮影は、感染対策を実施の上で、緊急事態宣言の期間外に実施しました
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