再生医療分野を切り拓く 東芝発のスタートアップ企業が誕生(後編)

2021/10/08 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 「死の谷」を越えるための、東芝 新規事業創造の仕組みづくりとは?
  • 近道はない、地道な努力で前例のないことに挑む!
  • これが、日本の大企業におけるイノベーションの新しいあり方!?
再生医療分野を切り拓く 東芝発のスタートアップ企業が誕生(後編)

「デジタル技術で再生医療を身近な選択肢に」をミッションに細胞製造プラットフォームの提供を行うスタートアップ、サイトロニクス株式会社(以下「Cytoronix社」)を世の中に送り出したのは、東芝の新規事業推進室が運営する「東芝アクセラレーションプログラム(以下「TAP」)」だ。

TAPを通じて、細胞管理チームが「Cytoronix社」として独立するまでの道のりを追った前編に続き、後編では、東芝の中でどのように新規事業推進室とTAPが生まれたのか、そしてカーブアウトを実現するためにどのような苦労があったのか、その裏側に迫る。

東芝の優れた技術を世の中に素早く実装するために

メーカーである東芝に技術開発は欠かせない。しかし、新しい技術が開発されても、それが社会実装されなければ意味がない。新規事業推進室の設立とTAPの立ち上げを行った小柴氏は、こう語る。

 

「技術開発には、事業ポートフォリオの変化などで既存事業に出口がなかったり、出口まで到達する間に世の中が変わってしまったりするケースがあります。また昨今では、製品やサービスの性能ではなく、製品やサービスが顧客価値をどう生み出すのかという視点がますます重要になっています。そこで、優れた技術を開発し、それを正しく顧客価値として提供していくためには、技術を生み出してから社会実装していくまでのプロセスの整備が必要だと考えました。そのプロセスを実現する組織として、新規事業推進室を設立しました」(小柴氏)

 

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 小柴 亮典氏

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 小柴 亮典氏

もちろん、東芝内で「新規事業」を生み出すための組織や活動ができたのは、これが初めてではない。小柴氏は、過去の組織や仕組みなど、約20年分をリサーチし、上手くいった成果や、上手くいかなかった課題は何だったのかを明らかにすることから始めた。東芝を退職していた当時の関係者にも直接話を聞き、情報を集めた。

 

過去に課題として認識されていたこと、それは『新規事業の創造プロセスを正しく実装することの難しさ』でした。私自身、元々研究者で、自分の研究成果が事業となるまでの距離が非常に遠いと感じていました。研究所と事業部は別の組織で、組織の目的も運営の仕方もルールも全く異なり、ギャップがあります。ですから実験室で良い結果が得られても、それがすぐに事業になるわけではないことは理解していましたが、研究開発と事業との間に存在するギャップが何なのか、それを越えるためにどういうステップが必要となるのかは全く見えていなかったのです」(小柴氏)

 

そのギャップは、いわゆる「死の谷」と呼ばれる、研究開発と事業の間にそびえ立つ障壁だった。

「死の谷」を越えるには

技術的な効果が見られ、製品としても良いものができるはずと分かっても、そこから事業として実現させるには大きな谷が存在する。その「死の谷」がどういう形で現れるかは、会社の組織体制やルール、プロセス、風土などに依存する。

 

「先人たちは、皆、その難題に取り組み、『死の谷』を越えるための『正しい型』を模索してきました。そのバトンを受け取って、我々が試行錯誤しながら始めたのがTAPです。先人の取り組みは、仮にうまくいかなかったとしても、それは失敗ではなく学びであり、『新規事業の創造プロセス』をどう実装するか、適切に判断するための貴重な財産で、これを活用しない手はありません。学びから得られたノウハウに、新しいエッセンスを加え、『死の谷』を乗り越えるための『新規事業の創造プロセス』を、東芝にあった形で提供するTAPを立ち上げました」(小柴氏)

 

また、新規事業推進室には、TAPの「事業化推進機能」に加えて、「コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)機能」も備えている。CVCを通じて外部投資家の知見を導入することは、過去の新規事業組織でも検討されたが、叶わなかった。事業化推進とCVCを通じた外部投資家との連携を実現できたことは大きく、オープンイノベーションの実現により自前主義を脱却し、双方のシナジーで新規事業を加速できる。そして、新規事業推進室が掲げたミッションが、「事業の創造」と「事業創造プロセスの創造」だ。このミッションに共感し、『正しい型』を既存組織・ルールに合わせて実装するべく、自ら手を挙げて新規事業推進室に異動してきた一人が三島氏だった。

 

事業化戦略推進機能とCVC機能のシナジーで新規事業創出を加速させる

 

 

「長年、経理や内部統制に携わり、様々なプロジェクトの発足から終息までの経緯を見ていると、一過性でとりあえず花火を上げてパッと終わってしまうものが意外と多いんです。プロジェクト成功確率を上げ、永続的に事業を成長させる仕組みを会社に残すためには、プロセスレベルで適切に実装していかないと、結局最後は魂が入らず、うやむやになってしまうと感じていました。事業の創造だけでなく、その事業創造プロセスを実装するというミッションは本当に刺さりました。そのプロセスをゼロから作り上げていくことに大きなやりがいがあると思い、事業化支援チームに志願しました」(三島氏)

 

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 三島雄一郎氏

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 三島 雄一郎氏

前例のないことに立ち向かう

こうして新規事業推進室でTAPが生み出され、プロジェクトとして採択されたものの一つが、今はCytoronix社が扱う「細胞管理」である。TAPでは、従業員が退職して経営株主になり、議決権の過半を取る形での事業の外部化が目指された。ベンチャーキャピタルからの資本を導入しながら、東芝も一定の出資を行うという形のカーブアウトは前例がなかった。部分的な知見はあっても、全体として実行するための判断基準はなく、社内に対して理解と協力をあおぎ、まさしく「プロセス創造」がゼロから行われた。

 

「既存のスキームとは全く別の新しいことをやろうとすると、経理や法務、品質保証、知財、人事、営業などあらゆる部門において既存の規程やルールにおける想定を超える事象が発生します。新しいプロセスをつくるためには、外部やビジネスの現場で起きている新しい事象を理解してもらい、既存の規程が定められた趣旨や目的まで遡った上で、世の中の変化に合わせて柔軟に解釈する必要があることを強調して、少しずつすり合わせを行っていきました」(三島氏)

 

「既存のルールは、必要があって存在しているものなので、新しいことをする場合でも、まずそれを守る意識が大切です。しかし、そのルールで実現したいことの本質に立ち返ると、必ずしも今のルールである必要がなかったり、違う形で実現できたりすることがあります。そこで、とにかく既存の社内規程やルールを勉強して、『自分たちがやりたいこと』、『こういう形であればできると考えている』と話していくと、『なるほど趣旨は分かった。だったらこういう方法が取れるんじゃないか」とアドバイスをいただけました。各分野でプロフェッショナルな関係者の創造的な知恵があって、カーブアウトは実現したと思います」(小柴氏)

リーンスタートアップ:効率的に仮説検証を進める

小柴氏たち事業化支援チームがプロセスをつくる間、現在はCytoronix社の二人も地道に事業計画を詰めていた。

 

「投資家の期待値は、想像以上に高いところにありました。まずは100台売ります、できたら次に1,000台くらい作っていきます、というのではだめ。市場はあるのか、いつ、どのくらい大きくなるのか、お客様は誰なのか、お客様に選ばれる理由は何か、競合や既存の方法ではだめなのかといった基本的なところを固め、さらにどのようにスケールしていくのか勝っていくためのプランを練る必要があります。当時はフィードバックをいただきながら、計画をブラッシュアップするのに必死でした」(今井氏)

 

「社内審査の数日前に、社外の方に説明を行ったところ『全然だめだ』と言われたこともありました。その帰りにカフェで作戦会議を行い、事業計画を大きく変えたことが印象に残っています」(香西氏)

 

Cytoronix社 代表取締役CEO 今井 快多氏

Cytoronix社 代表取締役CEO 今井 快多氏

 

Cytoronix社 代表取締役CTO 香西 昌平氏

Cytoronix社 代表取締役CTO 香西 昌平氏

さらに、チームは有償PoCを通して、お客様からのフィードバックをもとに開発も加速させていった。そして、東芝とベンチャーキャピタルのBeyond Next Ventures株式会社の出資が決まり、2021年5月にCytoronix社が設立。7月から営業を開始した。

 

※Proof of Concept:概念検証

「製品の開発を進めながら、いろいろなお客様に展開してどのような意見をもらえるのか、PoCを何回もやりました。有償で対価をいただくこともでき、提供価値の確度を上げていきました。確度が上がると投資家の期待値も当然上がるので、本当に出資に足る事業内容になるようにさらに計画を変えていったんです」(今井氏)

 

「上手くいくか分からない不安はありましたが、法人設立1週間前くらいにベンチャーキャピタルからの投資が確定したときは、全ての不安が吹っ飛び、やっていくしかないなと決意が固まりました。設立直後はオフィスも寂しかったですが、今では、フルタイムではないものの一緒に働く仲間が10人を超えて活気が出てきたうえ、初めての売り上げも立ちました。今後は、モニタリング装置を使う前後の工程を含めて、より付加価値の高いサービスを提供できるようになることが目標です」(香西氏)

 

これからの日本の大企業のイノベーションのかたち

Cytoronix社を送り出した新規事業推進室は、さらなるイノベーションの創出に向けて取り組んでいく。

 

「現在の日本、特に大企業では人材の流動性がまだまだ不十分な状況です。ビジネス環境の変化が早く大きくなっていく中で、それに対応できる人材の流動性をいかにしてつくるか、それによって新しいイノベーションをどう生み出し、そこから東芝が企業としてどうリターンを得ていくか、というのが今回のカーブアウトの核心だと思います。新規事業推進室では、引き続き『事業の創造』と『事業創造プロセスの創造』に取り組み、組織構造や風土、経営戦略に関わるところにも新しい仕組みを実装していきたいと考えています。我々は進もうとしている方向が正しいと信じていますが、本当に正しいかどうかは結果が証明します。我々のやっていること自体が新規事業であり、我々自身が起業家です。もし我々に共感し、東芝の未来の一部でも託していただけるならば、ぜひ、新規事業推進室に賭けてほしいですね」(小柴氏)

 

新規事業推進室とCytoronix社の挑戦はまだ始まったばかりだ。東芝の技術が新しい形でも社会実装され、世の中に大きなインパクトをもたらす日が待ち遠しい。

関連サイト

※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。

https://cytoronix.com/

当社初の独立型スタートアップ企業の設立による新規事業の創出 | ニュース&トピックス | 東芝

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