再生医療分野を切り拓く 東芝発のスタートアップ企業が誕生(前編)

2021/10/04 Toshiba Clip編集部

この記事の要点は...

  • 東芝から再生医療の未来を支えるスタートアップが誕生
  • 「東芝アクセラレーションプログラム」により実現したカーブアウト
  • 本気の伝播で生まれる新しい挑戦への風土
再生医療分野を切り拓く 東芝発のスタートアップ企業が誕生(前編)

2021年5月に設立されたサイトロニクス株式会社(以下「Cytoronix社」)が東芝とベンチャーキャピタルのBeyond Next Ventures株式会社の2号ファンドからの出資を受け、7月から営業を開始した。東芝から独立経営型スタートアップが生まれるのは、初めてのことだ。事業の外部化、つまりカーブアウトを実現したのは、東芝の新規事業推進室が主導した「東芝アクセラレーションプログラム(以下「TAP」)」。このカーブアウト事業は、経済産業省が所管する「出向起業等創出支援事業」にも採択され、日本の大企業による新規事業創出の先頭を走っていると言っても過言ではない。なぜ、この方法を選んだのか?Cytoronix社と東芝の新規事業推進室の双方から、その道のりを探った。

再生医療の新規事業にかける想い

社名の「Cytoronix」は、細胞学を意味するCytologyと電子工学のelectronicsを組み合わせた造語だ。「デジタル技術で再生医療を身近な選択肢に」をミッションに、再生医療分野における細胞の安定培養を実現する細胞製造プラットフォームの提供を行う。

 

CMOSイメージセンサーのいち研究開発者からCytoronix社の代表取締役CEOとなった今井氏は、事業への想いをこう語る。

 

「父親が目が不自由で、見えないものを見えるようにすることを自分のテーマとして取り組んできました。再生医療という言葉はあっても、一般の方からすると身近なものではありません。この治療選択肢が普及して誰でもリーズナブルに利用できれば、大きな社会的意義があるでしょうし、私達が持っている技術が貢献できる可能性が高いと思っています」(今井氏)

 

Cytoronix社 代表取締役CEO 今井 快多氏

Cytoronix社 代表取締役CEO 今井 快多氏

今井氏にとって、代表取締役CTO香西氏とは、入社以来の付き合いだ。香西氏は、長年「ワークスラボ」と呼ばれる研究と開発の間を取り持つ部門に在籍し、新規事業への想いを強くしていた。

 

良い研究開発と良い事業は両輪のはずなんですよね。システムLSIの研究を続けてきて、入社当時の業界が元気で研究開発と事業とが上手く回っている状況と、その後業界が沈んでいき、研究開発と事業どちらもが長続きしないという状況を目の当たりにしてきました。アメリカ留学の経験から、社会を良くするには研究色の強い事業が必要なんだと痛感し、新たな事業を生み出したいという気持ちがありました」(香西氏)

Cytoronix社 代表取締役CTO 香西昌平氏

Cytoronix社 代表取締役CTO 香西 昌平氏

しかし、新しい技術や事業にかける想いがあっても、出口がなければ、事業は成立しえない。両氏は、まずは社内での事業化を検討したが、事業ポートフォリオも変わり、受け取る事業部がなかなか見つからないことが分かった。事業の外部化ができればと考えていたところに、新しい仕組みTAP(東芝アクセラレーションプログラム)が現れる。まさに渡りに船だった。

新規事業推進室との出会い

2019年1月、東芝に新規事業推進室が立ち上がり、新規事業創出のための新しい仕組みTAPが生まれた。このプログラムは、既存事業とは異なる様々なプロセスやルールを整備し、東芝グループ内に存在する新規事業の種を育成する新しい手法だ。TAPではスピードを重視して、事業性の確認に必要な検証を素早く行えるように設計されている。また、どうすれば生み出した技術を最速で社会実装できるかを、社内での事業化、社外での事業化を問わずに考え、その上で事業そのものからリターンを得るほか、事業化した際の財務的収益や、将来の戦略的な提携により東芝に最大のリターンを実現することを目指している。

 

今井氏は2019年の7月から10月にかけて、Beyond Next Ventures株式会社が運営する技術シーズ向けアクセラレーションプログラム「BRAVE」に参加し、事業計画を練った後、新規事業推進室の門をたたく。そして、2019年10月にTAPの事業化案件として採択され、さらに事業計画や製品開発を磨き上げていった。TAPを立ち上げた小柴氏は、採択時のことをこう振り返る。

 

「プロジェクト採択で最も重視するのは、基本的に『人』と『チームが描いている最終的な事業のスケール』です。描いている事業のスケールは、これから拡大が期待される再生医療ということで魅力的でしたが、新規事業はとても困難が伴うので、チームにその困難に挑む意思や熱量があるかどうかという『人』の要素もとても重要です。困難を前にしても、自ら学んで切り抜けていくことができる、学びの精神や謙虚さ、今井さんと香西さんは、そういった観点でも非常に素晴らしく、申し分ありませんでした。また、その案件が巷のスタートアップだった場合、外部の投資家から選ばれるかどうかという視点でチームと事業を見極めることも重視しています。Beyond Next Venturesさんには、出資者というだけではなく、我々がそのような視点でチームを評価する面でも、非常に力になっていただきました」(小柴氏)

 

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 小柴 亮典氏

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 小柴 亮典氏

カーブアウトまでの道のり

TAPで「細胞管理」と名付けられた今井氏・香西氏のプロジェクトチームは、採択当初からカーブアウトを見据えていた。

 

「事業の特性上、東芝でやる規模ではないというのもありました。規模が小さい分、必然的にスピードが重要になります。事業価値の早期最大化、その先の社会貢献のためには、確かに外部化が妥当だと考えていました」(香西氏)

 

「事業を受け取れる部門が社内にあればそれはそれでいいのですが、事業の性質を考えた時に、東芝の中のアセットだけを使って事業化を進めるのがベストなのかという点は考えなければいけません。やはりクイックに方向を変えていくべきものに関しては、外部化をすることで判断のスピードを上げたり、資金調達の幅を広げたりすることが最適な場合もあります。また、今回のカーブアウトで大切だったのは、今井さん、香西さんが東芝に不満を持って『飛び出したいからカーブアウト』という考えではなかったことです。事業を成功させるということはもちろんですが、事業を立ち上げることで、どうやって社会と東芝にリターンを生み出すかという視点で常に考え、それを実現する方法としての選択がカーブアウトという形につながりました」(小柴氏)

 

カーブアウトすると決まっても東芝では前例がない。準備を進めるのは簡単なことではなかったが、細胞管理チームの本気度を見て、TAPの事業化支援チームも真剣さが増した。 特に経理面でサポートした三島氏はこう語る。

 

「『こういった新しいことをやりたいが、東芝ではできないのか?』と今井さんにズバッと言われた時に、『会社の仕組み上できない』とは絶対言いたくない、言うものかと思いました。チームの想いを実現するために、分からないことも社内の他部門や社外の有識者に事細かく聞いて、大変でしたが、少しずつソリューションを見つけていきました」(三島氏)

 

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 三島雄一郎氏

株式会社東芝 CPSxデザイン部 新規事業推進室 エキスパート 三島 雄一郎氏

このような支援チームの存在は、細胞管理チームにとって大きな後ろ盾となった。

 

「私達がただカーブアウトしたいと言っても、わがままに見えてしまいます。新規事業推進室が第三者として投資する価値があると評価し、社内で説明してくれたことは大きかったです。法務、知財、人事、経理など、あらゆる関係部門と調整し、カーブアウトできる状態に整えていただきましたし、展示会でのパンフレット配りなども含めて、私達から何かお願いしたら、可能なことは全てサポートしていただきました」(今井氏)

 

「新しい仕組みをつくるのは、面倒なことなんですよね。でも、本気で周りの人たちに関わっていくと、『そんなことできない』から段々と『こうしたらできるんじゃないか』と前向きな姿勢に変わっていったんです。こうやって新しいことができるんだね、という皆のコンセンサスが得られたのは、大きな学びでした。今井さんや香西さんのエネルギーが、東芝内で伝播していった気がしましたね」(三島氏)

次のステージに向けて

7月に営業を開始したCytoronix社は、スタートアップとして確実な成長を目指す。現在、再生医療分野において重要な細胞の製造や培養には、人の手が欠かせず、個人による判断で操作が行われている。そこをCytoronix社が開発した装置およびクラウドを通して、自動で細胞培養状況を観察し解析していくことが事業のメインテーマだ。さらに、再生医療の研究段階のみならず、治験や商用生産段階にも求められている技術の開発を進め、各段階をシームレスにつなぐことで、再生医療技術の早期実用化に貢献する考えだ。

 

「スタートアップのステージで言うと、今回はシードの調達※1にあたります。次はシリーズAの調達※2ですね。誰がやっても売れるような状態、あとお金を入れて人を増やせばそのままスケールする状態に持っていくことが目標です」(今井氏)

 

※1 プロトタイプがあり製品化の仮説検証を行うための資金調達
※2 顧客での仮説検証・評価が完了し、製品化をするための資金調達

 

「今は、この事業を成長させ、事業と研究活動の両方がしっかり回っている会社にしたいというのが大きな目標です」(香西氏)

 

世界最小クラスの細胞モニタリング装置

世界最小クラスの細胞モニタリング装置

 

クラウドベースのデータ活用基盤

クラウドベースのデータ活用基盤

新規事業推進室もCytoronix社のこれからに期待を寄せる。

 

「もちろん、成功して財務的リターンを出していただくことに期待していますが、これからも、広い意味で東芝の一員であり続けてほしいと思っています。近いところでは、カーブアウトし経営者となったことで得られる経験やノウハウを東芝にフィードバックしていただくことで、東芝の価値を底上げすることに力を貸してほしいです。社内でモチベートされている人はたくさんいます。長い目で見たときには、成功した後に東芝のマネジメントとして戻ってくる、そんなこともぜひ視野に入れてもらえるとうれしいですね」(小柴氏)

 

外部化したら関係が終わりということではない。東芝とCytoronix社の双方の成長には、引き続き連携が望まれる。

後編では、新規事業推進室の設立背景、そしてカーブアウトまでの秘話に迫る。

関連サイト

※ 関連サイトには、(株)東芝以外の企業・団体が運営するウェブサイトへのリンクが含まれています。

https://cytoronix.com/

当社初の独立型スタートアップ企業の設立による新規事業の創出 | ニュース&トピックス | 東芝

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